「いや、彼女の笑顔をみたかっただけなんですよ。」

 その言葉を聞いてマスターと呼ばれた男は微かに微笑みながら、

「それはむりですね。そういった機能は彼女に付いてませんから。」

 と、答えた。

 同時にさおりも

「申し訳ありません。私は笑うことができませんので。」

 そういいながら頭を下げた。

 あの笑顔のマルチにはもう会えないのだろうか…


 マルチの心 −第八話−


「浩之ちゃん。いるの?」
「開けるよ。いい?」

 あかりはそういってドアを開けた。

 そこであかりが見たものはベッドに座ってうなだれている浩之だった。
 良く見ると肩が震えているようだ。
 もしかして泣いているのだろうか?

「浩之ちゃん?」

 ためらいがちに声をかける。
 その声を聞いて初めて気が付いたかのように浩之は顔を上げた。
 あかりの姿を捉えたことにより浩之は現実世界に戻ってきたようだ。

「あかり?」
「どうしたんだ?」

「どうしたんじゃないわよ、浩之ちゃん。」
「今日、学校を休んだから病気なのかと心配して見に来たの。」
 そういいながらも自分の心配が杞憂であったことにほっとするあかりであった。

「別に体調は悪くないぜ。」
 ぶっきらぼうに浩之はつぶやく。

「体調は悪くないかも知れないけど、でもここ数日の浩之ちゃん、なんか変だよ。」
「今だって何度もチャイムを押したのに浩之ちゃん、出てこないし…。」
「そんな浩之ちゃんは、私、見ていられないよ。」

「お、おい、あかり。」
 浩之が戸惑ったのもあかりがそう言うなり浩之に抱きついたからだった。

「私では浩之ちゃんの役に立たないかも知れないけど、でも、そんなつらそうな浩之ちゃんは見ていたくないから…。」
 浩之の頭を自分の胸に押しつける形であかりは浩之を抱きしめる。それは母親が子供を安心させるために抱きしめるのと同じであった。

「あかり…。」
 その時浩之はそれほどまであかりを心配させたことに気付きそして後悔した。
 浩之は抱かれているあかりの胸からそっと頭を離し、あかりを正面に向けさせると今度は自分からあかりを抱きしめた。

 そして一言、
「心配させちまって悪かったな、あかり。」
 と、あかりの耳元で囁いた。

「ひ、浩之ちゃん。」
 あかりは一瞬戸惑ったが、その言葉をにうれし涙を流した。
 二人はそのまましばらく何も言わず抱き合っていた。ただ、あかりが時々漏らす嗚咽をBGMとして。

 一時の激情が去り、ある程度冷静になった二人は自分たちが行っている状況に気が付いた。
 二人とも恥ずかしいことをしてしまった思い、互いに赤面する。

「あ、あのな、あかり。」
 浩之が抱きしめていた腕の力を緩めてあかりに話しかける。
 しかし、あかりは離されたくないのか更に浩之に抱きついてきた。

「お、おい、あかり…。」
 戸惑う浩之にあかりが切れ切れにしかししっかりとした声で話しかける。

「浩之ちゃん、わ、私…、ひ、浩之ちゃんのことが…、ずっと前から…、前から…、す、好きだった…。」
「あかり…。」
 浩之はあかりの告白を聞いてそう返すのがやっとだった。
 浩之自身、あかりが自分のことを好きだというのは知っていた。
 そして自分自身もあかりに好意を持っているのは自覚していた。
 ただそれがLikeなのかLoveなのか浩之にもわかっていなかった。

 そしてあかりがこうもストレートに自分の気持ちを吐露するとは浩之にとっても意外であった。それまでのあかりはどちらかといえば内気であまり自己主張をしなかったからだ。
 だがあかりは、これを一つのチャンスだと思っていた。
 高校時代は浩之、あかり、志保、雅史の四人でいつもつるんで遊んでいた。ところが志保も雅史も別の大学に行ったため、この仲良しクラブは自然解散状態になっていた。その頃あかりも浩之もこの関係を壊したくなかったがためにお互い引いていたところがあった。更にあかりは志保が浩之に好意を持っていることに気付いていたため、浩之に対しそれ以上積極的になれなかったのである。
 浩之は浩之でマルチとのことを忘れることができず、それが尾を引いて好意に気が付いていても自ら積極的になることはできなかった。
 いま、その自ら科していた足枷は無くなってしまっている。それがあかりの告白に繋がっていたのである。

「浩之ちゃん。わ、私のこと…、嫌い?」
「そ、そんなことはないぞ。俺はあかりのことが…。」

 そう、浩之はあかりのことが好きだった。そしてマルチのことで落ち込んでいた浩之は優しさに飢えていた。
 そこにあかりの告白を聞いた浩之は表層意識はそうは思っていなかったが、意識下ではその優しさに甘えてしまおうと思った。。
 そしてそれはマルチのことを吹っ切るきっかけになった。

「あかりのことが…、好きだ。」

 そう言うといきなりあかりにキスをし強く抱きしめた。

 そのまま二人は抱き合いながらベッドへ倒れ込んでいった。


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あとがき
 なんとか第一の山場へさしかかりました。
 しかし、ここまでくるのにこれだけ掛かるとは思いませんでした。(^^;)


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