来栖川電工の新製品として、マルチとセリオが発売されたのは、いまから半年ぐらい前のことだった。
セリオは多彩な機能が、マルチはその低価格が人気を呼び、どちらとも瞬く間に大ヒット商品になった。
町にはいろんなバージョンの彼女たちが溢れ、家庭で、オフィスで、その他いろいろな場面で、彼女たちの活躍する姿が見れるようになった。
だが、ただひとつ、マルチに関しては、大きな仕様変更が加えられていた…。
優しいマルチの心を受け継いだはずの妹たち。
だが、姿形こそそのままだったけど、彼女たちは、オレの知ってるマルチじゃなかった。
そのことを俺はわかっていた。
わかっていたけど、それがマルチとの約束だったから…。
マルチの心 −第六話−
「うーん、美味しい。やっぱりあかりは料理が上手ねぇ。」
あかりの弁当に舌鼓を打ちながら綾香は言った。
「うん、お料理を作るのは好きだし、高校の時から作っていたし。」
はにかみながらもその姿に満足しつつあかりは答えた。
「来栖川さんは料理はしないの?」
「私?私はあまり興味がなかったし…。」
そういって言葉を濁す綾香。
ちょっと気まずい雰囲気になりそうだったのであかりは話題を変えることにした。
「で、浩之ちゃんのことなんだけど…。」
その言葉に綾香もお弁当を食べるためにここに来たのではないことを思いだした。
「そういわれてみればそうよね。本来浩之のことを話すのが目的だったんですものね。」
「でも、お弁当が美味しいからすっかり忘れちゃったわ。」
てへっといった感じで綾香は答える。それをみてあかりは浩之ちゃんの言う通り本当にお嬢様らしくない
お嬢様だと思うのであった。
とりあえず、あかりは綾香に昨日の出来事とここ数日元気がなかったことを話した。
それを聞いた綾香は、
「ふーん、それだとちょっと漠然としているわねぇ。でも、そうあからさまに話を打ち切ったことをみると図星
だったのかな?」
「とはいえ、何が原因なのかわからないわね。」
そういって首を傾げる。
あかりにしてもどういう理由で浩之が悩んでいるのかはわかっていなかった。しかしながらその原因に
関してはもしかしたらという推測があった。
それは浩之との長年の付き合いもあったが、それ以外に高校時代に会ったマルチを知っていたから
かもしれない。
「来栖川さんは運用試験の時のマルチちゃんに会ったことはありますか?」
あかりがそう聞いたのも以前セリオが学校に来たことがあったからだ。
何故、セリオが学校へ来たかといえば綾香の忘れ物を届けに来たのだった。
丁度その時、浩之、あかり、綾香の三人は昼休みの最中で一緒にベンチに腰掛けて話をしており、忘れ物を
届けたセリオと共に昼休みが終わるまでおしゃべりをした。
この時、そのセリオもHM−13ではなくHMX−13、つまり試作型で、そしてセリオとマルチが同時開発された
という話をあかりは知った。
その時のことを思い出したあかりはもしかするとマルチを知っているかと思ったのだ。
「ううん、私はプロトタイプのマルチには会ったことがないのよ。」
「セリオよりも試験期間は短かくてそのせいで会う機会を逃しちゃったのね。」
綾香はちょっと残念そうに答えた。
「そうですか。」
そういってあかりは少しうなだれた。
その姿を見て何か感じたのだろう、綾香はあかりに尋ねる。
「それがどうしたの?浩之のことと関係あるの?」
「いえ、以前のマルチちゃんを知っているかなと思っただけですから…。」
「それが重要なことなの?」
「はっきりとはわからないんですけど、私たちが知っているマルチちゃんって本当の人間みたいだったから…。」
それを聞いて綾香は何か思い至ることがあったのだろう。
「なに。もしかして浩之がマルチに惚れちゃったとでも言いたいの?」
それを聞いたあかりははっとして、
「それは違うと思います。」
と、言ったがその声は少し震えていた。
それは浩之がマルチを好きだった、というよりマルチに恋をしていたという可能性に気付き、それを認めたく
無かったせいかもしれない。
あとがき
綾香がセリオを来栖川に迎え入れたのも高校時代からのお気に入りだったからです。
この辺の経緯については忘れなければのちほどでてくるでしょう。(^^;)
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