「…ねえ、犬さん」
「わんっ」
「おいしいって、どういう気持ちですか?」
「わたし、犬さんがうらやましいですー」
「わん、わんっ」
おいしいがわからない…か。
ロボットって、どんな気持ちなんだ?
俺たち人間のことを、どう思っているんだ?
アホらし。
ロボットなんて、プログラムされたとおりに動いてるんだから、気持ちもなにもないだろう。
あの時の俺はそう思っていた。
でも、マルチは…。
マルチの心 −第四話−
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ…。
目覚まし時計のアラームが鳴り響く。
普段ならそれを止めて再び寝てしまう事が多いのだが、今朝はそのまま目が覚めてしまった。
上体を起こしてふと脇に目をやるとそこにはマルチが数日前と同じ状態で寝ている。
いや、寝ているというのは正しくないだろう。
マルチが来てから数日経つが浩之がマルチを本当の意味で起動させたことは一度もない。
起動しては声をかけ、そして電源を切る、その繰り返しだったのだから。
不意にマルチから目を逸らすと今日一日どうしようか考えはじめた。
大学に通うようになってからはあかりが毎日起こしに来ることはなくなった。
それは二人の通う学部が違うせいもあり、日によって通う時間が異なるからだった。
今日、あかりは朝から講義があるが浩之はなく、二時限目から行けば良かった。
浩之も大学へ行くようになってからはあまり寝坊をすることはなくなり、あかりにあまり迷惑を
かけることが少なくなったが、それは目的ができたせいだとあかりは思っていた。
とはいうものの、一時限目から授業があるときはそれでも寝坊しやすかったのお約束というもの
かも知れない。
そのため、あかりは一時限目から授業があるときは必ず浩之を起こしに来た。
たとえ、自分が一時限目からの講義がなくても。
浩之はあかりにそういうときは起こしに来なくても良いといったが、
「ダメよ、浩之ちゃんは私が起こしに来ないとずっと寝ているんだから。」
といって聞き入れようとはしなかった。
「でも、私が一時限目から講義があるときは浩之ちゃんを起こしちゃ可哀想だよね。」
「ああ、そうだぞ。朝の一時間は俺にとって非常に貴重だからな。」
本気とも冗談ともつかない返事を浩之は返す。
「そうだよね。わかった、じゃあ、私が一時限目から講義があるときは起こしに来るのは
やめるね。」
「その代わり二時限目の授業に浩之ちゃんが遅刻するようなら、私は朝から起こしに来る
からね。」
ある程度信用はするが、そう釘を差すことを忘れないあかりであった。
「わかったよ、お前に起こされなくても遅れるものか。」
苦笑気味に言葉を返すと
「じゃあ、約束ね。嘘ついたら美味しい物を奢ってもらうからね。」
あかりも以前と比べるとだいぶ変わったなと思いつつ浩之は、
「太るぞ。」
と、一言行った。
「もー、浩之ちゃんたら〜。」
そういいながらもいつもながらの会話を愉しむ二人であった。
そんなやりとりがあってからというもの浩之は約束通り二時限目の講義に遅れたことは
なかった。
部屋を出て台所に向かい冷蔵庫から牛乳とバターを、食器棚の中からパンを取
りだしトースターに入れると椅子に腰掛けた。
しばらくして焼けたパンが飛び出してくる。
香ばしい匂いが広がったがそれでも浩之は黙ってテーブルを見つめているだけだった。
そしてその日、浩之は大学には現れなかった。
あとがき
どうも予定よりも長くなりやすいようです。(^^;)
最初のプロットでは次回辺りにマルチを起動させる予定でしたが、もう数話必要になりそうです。
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