「わたし、人間のみなさんが大好きです。人間のみなさんに喜んでいただくのが大好きです。」
そうだよな、マルチは人間に喜んでもらえるのが一番好きだったんだよな。
でも、俺が一番好きだったのはマルチの笑顔だったのに…。
マルチの心 第三話
昼食後、あかりから逃げるように離れた浩之はそのまま自宅へ帰ろうかと思った。
しかし、マルチのことを考えると帰る気も起きず仕方なしに講義に参加していた。
とはいえ、そんな調子であるから講義中はただぼんやりと窓の外を眺めているだけであった。
講義終了後、あかりが浩之を迎えに来た。
「浩之ちゃん、一緒に帰ろう。」
笑顔で呼びかけるあかりに浩之は、
「わりぃ、今日は友達と約束があるからダメなんだ。」
そう答えた。
「じゃあ、しょうがないね。」
あかりは寂しげに微笑んでから、
「また、明日ね。」
そういって走り去っていった。
「本当に悪いな、あかり。」
一言ぼそりと言うと浩之はあかりと反対方向へ歩き始めた。
夕焼けで真っ赤に染まる坂道を浩之は一人歩いていた。
あかりに言った友達と約束というのは単に一人になりたいための嘘だった。
浩之は悩んでいた。
あのマルチは本当にマルチの妹なんだろうか?
いや、違う。マルチの妹には本当にあのマルチの心があるのだろうか?
自分が見る限りマルチの心があるとは思えない。
でも、マルチの妹を買うことはマルチと約束したことだ。
そして実際に手に入れた。
本当だったらあのマルチと同じように新しい思い出を作っていくはずだったのに。
気が付くといつの間にか商店街にいた。
ふと、喉の渇きを覚えた浩之は近くにあった喫茶店に足を運んだ。
看板にエコーズと書かれた喫茶店にはいると室内にはジャズが流れ、客もそれほどいなかった。
「いらっしゃいませ。」
ウェイトレスが声をかける。
入り口近くの席に腰掛けると早速注文を取りに来た。
「何にいたしましょうか?」
テーブルの上にメニューを置いてウェイトレスが訪ねてくる。
「カフェ・オレ、一つ。」
メニューも開けず浩之が答えると
「かしこまりました。」
そういってメニューを片付けカウンターへ戻っていった。
「お待たせしました」
ウェイトレスがカフェ・オレを持ってきたとき浩之はそのウェイトレスが人間でないことに気付いた。
耳の部分にカバーがついている。メイドロボットだった。
それもHM−12マルチタイプであった。
無表情な顔でカップを置いたマルチに浩之は声をかけた。
「あの〜。」
「はい、なんでしょうか?」
答えたマルチの表情は変わらなかった。
「君はメイドロボだよね?」
「はい、HM−12マルチタイプでさおりと申します。」
軽く頭を下げるさおり。
「笑って欲しいんだけど。」
「はい?」
浩之の質問が理解できなかったのか戸惑う様子を見せる。
「だから、笑顔を見せて欲しいんだ。」
再び訪ねたその時、
「どうしました?」
頭に帽子をかぶりエプロンをした髭面の男が声をかけた。
その顔を見て浩之は何処かでみたような気もするが思い出せなかった。
「マスター、こちらのお客様が私に笑って欲しいといわれたものですから。」
「いや、彼女の笑顔をみたかっただけなんですよ。」
その言葉を聞いてマスターと呼ばれた男は微かに微笑みながら、
「それはむりですね。そういった機能は彼女に付いてませんから。」
と答えた。
同時にさおりも
「申し訳ありません。私は笑うことができませんので。」
と、頭を下げた。
「そうですか、すみませんでした。」
そういって浩之はカフェ・オレに口を付ける。
しばらくカフェ・オレを飲みながら浩之はさおりの働きを観察していた。
かいがいしく働くその姿はあのマルチを彷彿とさせた。
ただ違っていたのはなんの感動もなく無表情なだけであった。
浩之が店を出たのはそれから一時間ほどしてだった。
既に日は完全に落ち、空には星が瞬いていた。
その空を見つめながら歩く浩之の目元から一筋の涙がこぼれた。
あとがき
ここで登場するマスターはあのマスターです。(謎)
マルチを店に置いているのも一族という絡みがあったりします。
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