浩之さんが喜んでくれた。
人間の方が喜んでくれるのが一番嬉しい。
嬉しい?
この気持ちって…。
マルチの心 −第三十六話−
その日、あかりはいつもよりも早く家を出た。行き先はいつものように浩之のところだ。
とはいえ、この時間に浩之の所へ行っても浩之は多分まだ起きていないだろう。
だが、あかりの目的は浩之ではなかった。
ピンポ〜ン
あかりが浩之の家の呼び鈴を押す。
以前はここで浩之を呼ぶところであったがマルチが来てからは一度もしていない。
なぜなら、その前にマルチがでてくるからであった。
今日もすぐに玄関のドアが開いてマルチが顔を見せる。
マルチはあかりの顔を見るとすかさず挨拶をしてきた。
「お早うございます、あかりさん。」
「お早う、マルチちゃん。」
「申し訳ございませんが浩之さんはまだお目覚めになっておりません。それといつもより来られる時間が早いようなのですが。」
マルチのその言葉にあかりはにっこり笑って応えた。
「うん、それは知っているよ。今日はねぇ、マルチちゃんに用事があったから早めに来たんだ。」
「私…、にですか?」
「うん、そう。あっ、いいかな?」
そういうとあかりは玄関の中に入ってきた。
「はい、あかりさんは浩之さんの特別な方ですので構いません。」
『特別な方』というマルチのセリフを聞いてあかりは思わず頬を赤らめた。
更にマルチは言葉を続けた。
「私も朝食の準備がありますので、よろしければそこでお聞きしたいと思うのですが。」
「うん、分かったよ。私もそれでいいよ。」
そういうとマルチと共に台所に向かう二人であった。
ピピピピ…、ピピピピ…、ピピピピ…
目覚まし時計のアラームが部屋の中に響く。
「うーん、もう朝か。」
浩之はそう独り言を言うと目を覚ました。
ここ数日は早く寝ているせいか目覚めがよい。
目覚まし時計のアラームを止めると思わず伸びをする。そしてそろそろマルチが起こしに来るなと思うのであった。
コンコン。
ドアをノックする音が聞こえ、次に『浩之さん、朝ですよ。』というマルチの声が聞こえてくるだろうと思っていた浩之はその声を聞いて驚いた。
「浩之ちゃ〜ん、起きた〜?」
「あ、あかり?」
そう、それはマルチではなく、あかりの声だった。
浩之はパジャマ姿のままドアを開ける。
その姿を見てあかりは文句を言うのだった。
「あ〜、まだ着替えてない。早く着替えないとご飯を食べる時間がなくなっちゃうよ。」
「それよりお前、なんでここにいるんだ?」
浩之がそう思うのも当然だった。今まであかりはチャイムと外からの呼びかけだけで家の中まで上がってくることはなかったからだ。
もっともそれは玄関の鍵がかかっていたからであかりが入ろうにも入れなかったという事実に浩之は気付いていなかった。
「ん、マルチちゃんに入れてもらったんだよ。」
あかりはあっけらかんと答えた。
その答えを聞いて浩之は納得がいった。
「分かった。それじゃあ着替えるから下で待っててくれ。」
浩之はそう言うとドアを閉めた。
浩之が着替え終わってリビングにやってくるとテーブルにあかりが座って何か飲んでいた。匂いからするとどうやらコーヒーらしい。
そしてその時に至り浩之も気付いた、あかりが迎えに来る時間がいつもより早いことに。
しかし、浩之が言葉を発する前にマルチが浩之に声を掛けた。
「すぐにご飯をよそいますのでお座りください。」
機先をそがれて浩之はなにも言わずに席に着いた。
「さあ、どうぞ。」
炊きたてのご飯がよそわれた茶碗を受け取りながらあかりを見る。
あかりはなにも言わずにただコーヒーを飲んでいる。
浩之は茶碗をテーブルの上に置くとあかりに声を掛けた。
「あかり、今日はいつもより来るのが早くないか?」
浩之のセリフを聞いてあかりは珍しく、
「そうだね。ちょっと早く来過ぎちゃったかもね。」
と、こともなげに言った。
「お前、何を企んだんだ?」
「あっ、浩之ちゃん、ひど〜い。」
あかりは浩之のその言葉に恨めしげに浩之を見るとそのあとすぐにくすりと笑った。
「本当はマルチちゃんに用事があったからなんだ。」
あかりの答えは浩之に疑問を持たせた。
『一体マルチになんの用があったんだ?』それを訊ねようとすると、
「でも、何故かは秘密。」
と、浩之に問わせないよう先回りして答えていた。
「あの、ご飯が冷めてしまいますし、お時間もなくなりますが。」
そのやりとりを見ていたマルチが声を掛ける。
「あ、ああ。そうだな。」
「あかり、このことはあとでな。」
浩之は一言そう言うと食事をはじめた。
あとがき
やっとこさ、三十六話をアップすることができました。
今月一杯こんな調子でしょうね。(^^;)
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