感情表現が乏しいからといって感情がないわけではない。

 それを綾香は言いたかったのだろう。

 でも、それは人間だからであってメイドロボには…。


 マルチの心 −第三十五話−


 放課後になり、帰宅しようと教室を出た浩之にあかりが声を掛けてきた。

「浩之ちゃん、一緒に帰ろう。」

 浩之としても特に断る理由はなかったのでそのまま一緒に帰ることにした。
 その道すがらあかりが浩之に話しかけた。

「ね、ねぇ、浩之ちゃん。」
「なんだ、あかり?」

 浩之が訊ねるとあかりは顔をやや赤くしうつむき加減になって言葉を紡ごうとしたがなかなか言葉はでてこなかった。
 その姿を見て浩之が促す。

「どうしたんだ?なにか言いたいことがあるんじゃないのか?」
「う、うん。」

 そうは答えたもののそれでもまだもじもじとしている。
 浩之はしょうがねぇなあという顔をしてそのまま待っていた。
 やがて意を決したのかキッと浩之を睨みつけるように顔を上げると一気に言った。

「あ、あのね、明日、遊びに行っていい?」

 あかりの態度に思わず身構えていた浩之はその言葉に拍子抜けする思いであった。

「どうしたんだ、あかり?別に力入れて言うような事じゃないだろ。」
「遊びに来るんだったら別に今日だって構わないぞ。」

 浩之がそう言うとあかりは、

「ううん、明日の方がいいんだ。それに明日は土曜日だし…。」

 だんだんと声が小さくなり、最後の方はゴニョゴニョと言うだけであった。

「まあ、俺はそれでも構わないけど、なんで土曜日だと…。」
「そ、それは、秘密だよ。じゃあ、また明日ね。」

 あかりはそう言うなりいきなり駆けだしていった。

「お、おい、あかり。」

 浩之はあかりを呼び止めようとするがあかりは立ち止まらずそのまま駆けていった。

「一体どうしたんだ、あいつ?」

 一人残された浩之はそう一言つぶやくのみであった。


「ただいま〜。」

 そう言いつつ浩之が玄関のドアを開けると奥からマルチがすぐに出てきた。

「浩之さん、お帰りなさいませ。」

 深々とお辞儀をするマルチを見て浩之は何かむずがゆい感じがした。

「そこまでしなくていいぞ、マルチ。」
「普通に挨拶してくれた方が俺としては嬉しいな。」

 頭を上げるといつもの無表情のまま、

「分かりました、次からそのようにさせていただきます。」

 そう言って再び深々とお辞儀をするマルチであった。
 浩之はその姿を見て思わず苦笑する。

「ところでお食事まではまだ時間がありますけど、いかが致しますか?」

 その問いに浩之は、

「じゃあ、それまで俺は部屋にいるからできたら呼んでくれ。」

 そう答える。

「お飲物をお持ちしましょうか?」

 更にマルチが訊ねると、

「じゃあ、コーヒーを持ってきてくれ。」

 と言って浩之は自室へ向かった。
 部屋の中に入り荷物をベッドの上に放り投げると机に座って漫画を読み始める。
 しばらくしてマルチがコーヒーを持ってくる。その香りがいつもと違うことに気が付いた。
 今まで浩之はインスタントコーヒーしか飲んでいなかった、いや、インスタントコーヒーしかなかった。
だが、マルチが持ってきたコーヒーは豆から挽いた本当のコーヒーであった。

「マルチ、これは?」
「はい、コーヒー豆が切れてましたので買ってきたのですが、お気に召さなかったでしょうか。」

 マルチのその言葉に浩之は、

「いや、そんなことはないけど、自宅で本物のコーヒーを飲むのも久しぶりだと思ってな。」

 そう言ってコーヒーの香りを楽しんだ。

「うん、やっぱり本物はいいな。マルチありがとう。」

 浩之のお礼の言葉にマルチはただ一言、

「ありがとうございます。」

 と、言って部屋から出ていった。
 その後ろ姿になにやらうれしさが籠もっているように浩之には見えた。

「気分の問題かな?」
「まあ、あのマルチに心があるとは俺には思えないしな。多分、俺の気持ちが嬉しいからそう見えるんだろうな。」

 浩之はマルチが出ていったあと一人ぐちた。
 それからしばらくしてマルチが再びやって来て食事の準備ができたと告げていった。

 今日の晩ご飯のおかずはハンバーグにサラダ、それと一夜漬けのお新香、味噌汁といった献立だった。
 浩之にしてみればそれほどおかずの数に執着があるわけではなく、また、家計のことを考えれば贅沢に何品も用意するのもなんだなと思っていた。
 それゆえ、これくらいのおかずでも特に文句を付けるつもりはなかったし、元々これは浩之がマルチに言ったことなので気にすることもなかった。
 マルチは相変わらず後ろに控えて浩之の食事をじっと見守っている。
 やがて食事が済むとマルチは片付ける前に浩之に声を掛けてきた。

「あの、浩之さん。」
「ん、なんだ、マルチ。」

 マルチはいつものごとく無表情のまま言葉を続けた。

「普段の昼食のことなのですが、浩之さんは如何されているのでしょうか?」

 あまりに唐突な質問だったので浩之は疑問に思った。

「なんで、急にそんなことを聞くんだ?」

 浩之の問いにマルチは次のように答えた。
 ここへ来てから朝夕の食事の準備は任せてもらっているが、昼食をどうしているのか聞いていなかった。
買い物は最小限にしているがそれでも野菜類はあまり気味になりやすく、無駄にしないためにもそれを使わざるを得ない。
そうするとどうしても同じ材料を何日に渡り使わなくてはいけなくなるため浩之さんが飽きてしまうのではないかという心配。 
お昼に外食で済ませると金銭的だけでなく栄養学的にも片寄りが生じやすくなること。 これらを訥々と説明した。

「それで、マルチは何をしたいんだ?」

 浩之はマルチが話したことを吟味しながらその目的がよく分からなかった。

「はい、実はお弁当を作りたいと思うのですが。」

 それを聞いて浩之は溜息をついた。

「はぁ〜、それだったら初めからそういえばいいじゃないか。」

 マルチは浩之のその言葉を叱責と思い謝罪する。

「別に怒ったわけじゃないから謝る必要ないぞ。」
「まあ、別に作ってくれるのなら作っても構わないけどなぁ。」

 奥歯に物が挟まったような言い方にマルチは、

「やはり、ご迷惑だったでしょうか?」

 そう訊ねる。

「いや、そういう事じゃない。あかりがたまにお昼を作ってきてくれるから重なったら困るな、ということだ。」

 それを聞くと、

「では、今度あかりさんが来られたときにあかりさんに相談してもよろしいでしょうか?」

 マルチは浩之に許可を求めた。
 浩之もそれに関してはその方が良いと思ったのであっさり許可する。
 同時にあかりが明日、遊びに来たいといっていたことを思い出す。そしてそのことをマルチに告げた。

「分かりました。では、明日の夕食は二人分作ればよろしいですね。」

 その言葉を聞きながら、そういえば今日のあかりの態度はどこか変だったなと思い返す浩之であった。


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あとがき
 やはり時間が厳しいです。(/_;)
 冬コミの準備もそうですし、仕事が忙しいのもそうですね。
 とにかく、冬コミが終わるまではこちらの更新も遅くなりそうです。


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