マルチが変わった。
でも、見た目はいつもと変わりない。
なのに雰囲気が昨日までと違う。
一体何が起きたんだ?
マルチの心 −第三十四話−
大学へ向かう道を歩きながら浩之は今朝のマルチの変化に戸惑っていた。
変わったといっても話し方が昨日と違うだけなのだが、それだけで雰囲気がずいぶん変わったと感じていた。そしてその原因が浩之には判らなかった。
そんなことを考えながら歩いていたため大学に到着したのは二時限目の授業ぎりぎりであった。教室にはいると同時に授業開始のチャイムが鳴り浩之は急いで席に着いた。
教室の中を見回すと前の方の席に綾香が座っているのが見えた。だが、昨日のやりとりを思い出したためしばらくは声を掛けない方が良いだろうと浩之は思った。
授業が終了すると浩之はそのまますぐに教室を出た。
今日の昼食をどうしようか考えていると向こうからあかりがやってくるのが見えた。
「浩之ちゃ〜ん。」
あかりは浩之の姿を確認すると駆け寄ってくる。
あかり自身は気にもしていないのだろうが、浩之としては公衆の面前でこうされることには抵抗があった。
あかりが浩之の前に来たとき浩之は思わず文句を言っていた。
「だから、『浩之ちゃん』はやめろといつも言っているだろ。」
あかりの額にチョップを叩き込みながら浩之は言う。
「だ、だってぇ、浩之ちゃんは浩之ちゃんだし、今までずっと浩之ちゃんって呼んできたのに急には変えられないよ。」
涙目になりながらあかりは訴える。この光景もいつもと同じであった。
その時浩之の袖を引く感覚に浩之は振り返ってみる。
そこには来栖川芹香が立っていた。
「こんにちは。」
「ああ、こんにちは、先輩。」
「来栖川先輩。こんにちは。」
あかりと浩之が芹香に挨拶を返す。
「よろしければ一緒に昼食はいかがですか?」
「『よろしければ一緒に昼食はいかがですか?』、ああ、俺は構わないけど。」
そう言ってあかりの方を見る。
「うん、私も構いませんよ。」
にっこり笑ってあかりは答えた。
「じゃあ、どこで食べる?先輩はお弁当だったっけ?」
「はい、そうです。場所は中庭にしませんか?」
「そうだな。先輩の言うとおり中庭にしようか。俺はパンを買ってくるから二人とも先に行っててくれよ。」
浩之がそう言って購買に向かおうとするとあかりが声を掛けた。
「浩之ちゃん。浩之ちゃんの分は私が作ってきたよ。」
「そうか。いつもすまないねぇ。ゴホンゴホン。」
浩之がおどけながら言うと、
「それは言わない約束でしょ、お父っつぁん。」
あかりもすかさず返す。
芹香は二人のやりとりが分からずキョトンとしていた。
三人は連れ立って中庭に向かう。
その間にさっきのギャグを浩之が芹香に説明した。
春の日差しは暖かく、ピクニック気分で三人は昼食を食べた。
「浩之さん、よろしければこちらも食べてください。」
「え、『よろしければこちらも食べてください』って。先輩ありがとうな。」
そう言うと芹香の持ってきたお弁当に手を出す。
「神岸さんもどうぞ。」
芹香はあかりにも声を掛けるが声が小さすぎてあかりには何を言っているのか分からなかった。すると浩之が、
「あかりもどうぞだってさ。」
すかさず通訳する。
「あっ、ありがとうございます。よろしければこちらもどうぞ。」
あかりも自分のお弁当を芹香の前へ出す。
「美味しい。」
あかりが芹香のお弁当を食べて感嘆の声を上げる。
それを聞いて芹香も嬉しそうだなと浩之は思った。
「これは来栖川先輩が作られたんですか?」
あかりの問いに芹香は顔を曇らせるがその表情の変化にあかりは気付かなかった。
それを見た浩之は助け船を出す。
「あかり、こいつはいつもと味が違うようだけど、何か代えたのか?」
浩之の問いにあかりは嬉しそうに答える。
「うん、出汁の取り方を代えてみたんだけど、分かった?」
「ああ、だから聞いたんだけどな。」
そう言ったたわいのない話をしつつ食事は続いた。
弁当が空になり、三人とも満腹になっても話は途切れることがなかった。
もっとも芹香の声が小さいので浩之が通訳する羽目になり、傍目には浩之とあかりだけしか話しているようには見えなかったが。
「ん、先輩どうしたんだ?」
浩之が芹香の表情に気が付いて声を掛ける。芹香は何かを悩んでいるようで顔を曇らせていた。そして浩之に訊ねた。
「浩之さん、綾香となにかあったのでしょうか?」
「えっ、『綾香となにかあったのか?』って。」
「いや、別に大したことはなかったけど。」
「そうですか。昨日綾香が怒っていたものですから。」
「綾香が怒っていたって。」
その言葉に浩之は昨日とやりとりを思い出した。
「ねぇ、浩之ちゃん。それってどういうことなの?」
あかりが低めの声で浩之に訊ねる。
「あ、あかり。ちょっと怖いんだけど。」
思わずたじろぐ浩之。
「しょうがねぇなぁ、何があったか話すからそうにじり寄ってくるなよ。」
そう言うと浩之は昨日のやりとりをあかりと芹香に話した。
「そうでしたか。」
「そうだったんだ。」
芹香もあかりも納得したようだ。
「もしかして、今日先輩が昼飯に誘ったのもそれが原因かい?」
浩之の問いに芹香はぽっと顔を赤くして下を向く。
「先輩は妹思いだな。でも喧嘩したわけじゃないから。」
「はい、お話を聞いて安心しました。」
「そうか、安心してくれたか。まあ、そう言うわけだから心配しないでくれよ。」
「分かりました。そろそろ時間ですので私はこれで。」
「あ、ああ、もうこんな時間か。じゃあ、俺たちもそろそろ戻るか。」
芹香は浩之たちに挨拶するとそのまま校舎の方へ向かった。
浩之とあかりは芹香を見送る。
「さて、俺たちも戻るか。」
浩之がそうあかりを促したがあかりは、
「浩之ちゃんってやっぱりすごいね。」
と、感心したように浩之を見つめた。
「何がすごいんだよ。」
浩之があかりに訊ねると、
「だって、来栖川先輩の言っていることも聞き取れていたし、表情も読めているようなんだもん。」
そう言って浩之の顔をまじまじと見た。
「なに言っているんだ。先輩は表情が人よりもちょっと乏しいだけで感情はちゃんとあるんだからな。」
そう言った途端浩之の頭にひらめくものがあった。
「そうか、そういうことか。」
浩之の突然の言葉にあかりは思わず驚いた。
「ひ、浩之ちゃん、どうしたの?」
「ああ、分からなかったことが急に分かったんだ。」
浩之は昨日の綾香が何故急に不機嫌になったか理解した。
「もう、授業が始まるぞ。」
そう言うと浩之は歩き出す。
「あっ、待ってよ。」
あかりは慌てて浩之の後を追った。
歩きながら浩之はもしかしたら今日のこれも綾香が考えたのではないかと思うのであった。
あとがき
冬コミの準備等で忙しくてSSを書く余裕がなくなってきてます。(/_;)
今日はこのあと校正を行わないといけないし、なかなか時間が取れませんね。
はじめの構成では芹香を出す予定は無かったのですけど、今回出してしまいました。(笑)
HTMLの良さはこういうときに文字を小さくできる事ですね。芹香のセリフでよく見かけるのが「…………。」ですが、これだと今ひとつ
味気ないなぁとは以前から思っていました。
それゆえ、ネット上での二次創作ではフォントを小さくして話しているのをいくつか見かけましたが、この場合ほとんど読めるんですよね。
それも悪くはないんですけど、それだと今ひとつ「…………。」に負けているような気がしていました。
今回、更に小さくすることによって読めない状態にしてみましたがいかがだったでしょう?
この部分は単に小さくしてあるだけなのでコピーして別のところに貼り付ければなんて書いてあるか読むことができます。
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