綾香はメイドロボットにも心があると言った。

 一体どういう心があるというのだろうか?


 マルチの心 −第三十二話−


「で、話を元に戻すけどお前に聞きたいことがあるんだ。」

 浩之は唐突に話しだした。
 それは綾香の不意を打つことに成功した。

「なに、私に聞きたい事って。」

 浩之の雰囲気にただごとではない何かを感じたのだろう、いつもなら茶化したりするのだが今回はそうせずに綾香は訊ねた。

「ああ、昨日お前はメイドロボにも心があると言ったよな。あれってどういうことだい?」

 浩之の問いかけに綾香は拍子抜けする思いだった。

「なに、そんなことを聞きたいために私を昼食に誘ったの?」
「そんな事ってないだろう、俺としては気になったんだからさ。」

 浩之は綾香に抗議する。

「そうは言ってもねぇ、言葉通りだとしか言いようがないわよ。」

 綾香は困ったような顔をして答えた。

「私はマルチやセリオタイプには心があると思っているわ。」
「それって具体的にはどういうことなのか教えて欲しいんだ。」

 浩之の真剣な問いかけに綾香はやや戸惑っていた。

「そうねぇ、メイドロボの存在意義って何かしら?」

 綾香は浩之の問い掛けに問い掛けで返す。

「それは人間の役に立つことだろ。」

 その返事に綾香は更に問い掛ける。

「人間の役に立つってどういうこと?」
「それは…、やっぱり掃除をしたり、食事を作ったり、身の回りの世話をすることじゃないのか?」
「それだけだったら別に心は要らないんじゃない?」

 綾香の言葉に浩之はハッとする。
 確かに単に家事をするだけであれば心は必要ない。

「私は思うんだけど、それだけだったらただの機械よね。」
「でも、彼女たちはそれだけで働いているのかしら?確かにそういう風にプログラミングされているのは間違いないんだけど、
私がセリオと付き合っていて感じるのはそれだけじゃないという事ね。」
「そしてそれは言葉で説明するのは難しいわ。」

 浩之はその言葉の意味を考え始める。

「つまりは心があるというのを感じると言うことか?」
「強いて言うならそうね。」
「それがあったからこそ私はセリオを強引に来栖川家に引き取ったのよ。」
「私にとってセリオはメイドロボではなく友達だと思っているの。」

 『メイドロボではなく友達』、それは浩之がプロトタイプのマルチに感じたものと同一のものであった。

「でも、セリオって今のマルチと同じで感情がないんじゃないか?」

 その言葉を聞いて綾香はむっとした顔をする。

「浩之、感情表現が無いのと心が無いのとでは大違いよ。」
「それって同じ事じゃないのか?」
「全然違うわよ。その辺りのことを考えた方が良いわね。」

 そういうと綾香は席を立った。

「お、おい、綾香。」

 浩之は綾香を呼び止めたが綾香はそれを無視して食堂を後にした。

「どうしたんだ、あいつ。」

 浩之は綾香が不機嫌になったのは判ったがその理由が思いつかなかった。
 いや、その原因は浩之にも判っていた。だが、それの意味するところが判らないのであった。
 結局、綾香はその日の残り浩之とは口を利かなかった。
 浩之も綾香のその態度に戸惑うだけで無理に話しすることはできなかった。いや、無理に話しをしようとすればするほど
綾香の態度は硬化すると浩之には判っていた。
 それゆえ、ここはしばらく冷却期間をおこうと浩之は考える。


 帰宅した浩之は自室で綾香の言葉を反芻していた。
 だが、綾香の言わんとしていたことはとうとう判らずじまいだった。

 コンコン。

 ドアをノックする音が聞こえ、扉の向こう側からマルチが声を掛ける。
 夕食の支度ができたことを告げるとマルチはそのまま一階へ下りていく。
 浩之も思索を中断すると食事をするためにその後を追った。

 食事中、浩之はマルチの挙動を観察していた。
 マルチは相変わらず甲斐甲斐しく働いていた。その姿はあのマルチの妹であることを実感させてくれる。
 だが、それにも関わらずそのマルチに心があるのかどうか判らない浩之だった。
 マルチも浩之も必要最低限の会話しか交わさなかった。
 浩之としてももうすこしマルチと会話をしたいと思うのだが、どうしても話しのきっかけを掴めなかった。
 昨夜感じたのと同じようにこのマルチといると息が詰まる感じがするのだ。
 結局、話をする機会を得られぬまま自室に戻る浩之であった。

 一人残されたマルチは片付けを終了すると自室に戻る。
 後は充電しながらスリープモードに入るだけなのだが、充電の準備もせず佇んでいた。
 マルチはいま、これまでのことを反芻していた。
 どうやら自分が浩之にあまり好かれていないことを感じている。
 そしてその原因がどこにあるのかさっぱり分からなかった。
 メイドロボにとって、いや、マルチ・セリオタイプにとってユーザーに満足してもらえ無いというのは非常につらいことであった。
 ユーザーに満足して貰うということが彼女らにとって一番の目的であり、働く糧であった。
 マルチはどの様に行動するのが一番良いのかを考え始める。
 そしていくつかの行動指針を準備した。これに従って行動してみて浩之の様子を見るつもりであった。
 だがマルチも浩之が何を望んでいるのかに関してはまったく分からなかった。
 明日の行動に関して考えがまとまったところでマルチは充電の準備を始める。

 そして明日こそは浩之さんに喜ばれるようになろうと誓うのであった。


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あとがき
 (~ヘ~;)ウーン、週一回の更新になってしまったなぁ。
 原因は仕事が忙しくて疲れがとれないせいなんですけどね。
 疲れていると本当になにもしたくなくなります。
 冬コミの原稿も2/3くらいは書き終わっています。これの片が付けば少しは落ち着けると思うんですけどね。


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