「……さん」
「…ゆ…さん」
「ひろ…きさん」
「浩之さん」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
でも、誰が読んでいるのだろう?
あかりだったら『浩之ちゃん』だし、おふくろだったら『さん』なんか付けないしな。
ん?この声は聞いたことがあるなぁ。
「あう〜、起きてくれません。」
なんか情けない声だなぁ。
「浩之さん、起きてくださらないと遅刻しちゃいますよぉ〜。」
しょうがねぇなぁ、そろそろ起きるか。
目を開けてみるとそこには緑色の物体が…。
いや、それは髪の毛だ。その脇には白く輝く耳あても見える。
ああ、そうかマルチが起こしてくれたんだ。
「おはよう、マルチ。」
俺がそういうとマルチは満面の笑みで、
「おはようございます、浩之さん。」
そう言ってくれた。
「マルチ。お前はいつ笑顔を取り戻したんだ?」
マルチの心 −第二十九話−
「マルチ!」
浩之は一声あげると布団から体を起こした。
そして周りを見回してみる。
だが、そこにマルチの姿を見つけることはなかった。
「夢か…。」
浩之はぽつりとつぶやく。
何故あんな夢を見たのか浩之には判っていた。
それは浩之が本来望んでいたものだったから。
その時ドアをノックする音が響いた。
同時にその向こうから声も聞こえる。
『浩之さん、どうかなさいましたか?』
そっとドアが開いてマルチが中を覗き込んだ。
どうやら浩之が『マルチ!』と言ったのが聞こえたらしい。
浩之自身は気付いていなかったが実際にはかなりの大声で叫んでいた。
量産機ではスリープ状態でも音センサーを起動させておくことによってなにかの異常事態が発生した際に対処できるようになっている。
今も浩之の声によってマルチは目覚め、様子を見に来たのであった。
「マルチ?一体どうしたんだ?」
まだ頭が起きていない浩之は状況が掴めず頓珍漢なことを言う。
「浩之さんがお呼びする声が聞こえましたものですから。」
マルチは律儀に浩之の問いに答える。
「ああ、そうか。わりぃ、夢を見ていたんだ。」
「なんでもないから、大丈夫だよ。」
マルチは浩之のその様子を見て特に異常がないと判断する。
「判りました。では、私は下がります。」
そういうと部屋から出ていこうとした。
そのマルチに浩之は声を掛ける。
「マルチ、今何時だ?」
「今は午前5時3分です。起床予定時間までにはまだ1時間57分ほどあります。」
「そうか、ありがとう。」
浩之のお礼の言葉を聞くと、
「では、これで。」
マルチは一礼すると部屋から出ていった。
浩之は一人になるともう一度寝直そうと考えたが昨夜は早く寝てしまったせいもあり、寝付けなかった。
そして今みた夢と現実とのギャップに思わずため息をついた。
7時になると再びマルチが起こしに来たが、その時点で浩之は既に着替えも済ませていた。結局、その後寝付けずに6時半にはベッドからでて準備をしたのであった。
下に降りると既に朝食の準備は済んでおり、浩之はそれを食べはじめる。
そして食べながらマルチに訊ねた。
「マルチ、あの後お前はどうしていたんだ?」
その問いにマルチは、
「はい、充電は済んでおりましたがまだ浩之さんがお休みでしたのでそのまま待機しておりました。」
そう答えた。
「なにもしないでか?」
「はい、待機中はバッテリーの消費を抑えるために動かないようにしていますので。」
「そうか。」
浩之はそれ以上はなにも言わなかった。マルチも浩之がそれ以上なにも聞いてこないので黙っていた。
朝食が済むとほぼ同時にあかりがやって来た。
マルチがあかりを迎えに行き、浩之は二階へ鞄を取りに行く。
浩之が下に降りてくるとあかりとマルチはなにやら話をしていた。
あかりは浩之が玄関からでてくるとマルチに、
「それじゃあ、またね。」
そういうと話を打ち切った。
それが少し気になった浩之だったが、
「じゃ、行くか。」
と言うとあかりを促して玄関をでた。
「いってらっしゃいませ。」
その二人にマルチは挨拶を送る。
「ああ、行ってくるぞ」
「行ってきます。」
二人はそれに答えるとマルチの見送りを受けて学校へと向かった。
あとがき
相変わらずのスローペースですがご勘弁を。
どうしてもこんな風になっちゃうんですよね。(^^;)
これでもそれなりに端折ってはいるのですが。
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