一体何がいけなかったのだろう?

 マスターのお役に立つのが私の役目なのに…。

 判らない、判らない…。


 マルチの心 −第二十八話−


 シャワーの音が風呂場に響く。

 湯船から出た浩之は冷水シャワーを浴びていた。
 そう、自分は今頭を冷やす必要がある。
 浩之はそう思っていた。

 マルチに対し興味本位から背中を流してくれと言った浩之だったが、そのマルチの対応に焦ってしまった自分が情けなかった。

「やっぱり、ロボットだからかな?」

 シャワーの音に隠れて聞こえないような声でつぶやいた。
 浩之は自分があのマルチと今のマルチを無意識のうちに比べていることにまだ気付いていない。

 風呂から浩之が出たのはそれから十分後のことだった。


 普段の浩之であれば風呂上がりに牛乳とか冷たいものを飲むのだが、冷水シャワーを浴びたあとではそんな気持ちにはさすがになれなかった。
 そのまま自分の部屋へ行って寝てしまうかと思い階段へ向かうとマルチが声を掛けてきた。

「浩之さん、先ほどは何かお気に障ることがありましたでしょうか?」

 マルチにしてみれば急に断られてしまったために自分に何か落ち度があると感じたのだ。
 しかし、それは自分の迂闊さに腹を立てている浩之にとってきつい一言であった。

「いや、そんな事はないからマルチは気にしなくていいぞ。」

 そうは言うもののその話し方にはやや棘があった。
 それも自分に腹を立ててのことだがマルチにはそうは受け取らなかった。
 しかしながら、この件に関して話を続けることは更に不機嫌にするのではないかと考え、これ以上言わないことにした。
 代わりに、

「そうですか、判りました。それで明日の朝食なのですが、いかが致しましょう?」

 そう言って話題を変えた。

「ああ、今日は和食だったから、明日は洋食にしてくれ。」
「パンはあったと思うからトーストとあとは何か適当に作ってくれ。」

 マルチから別の話題に振ってくれたのを幸いと浩之は答える。

「では、トーストとサラダ、あとはスクランブルエッグでよろしいでしょうか?」
「うん、それでいい。」

 マルチの目は浩之の顔を見ている。
 その状態に浩之は何となく息苦しさを覚えつつ言葉を続けた。

「俺はもう寝るから、あと戸締まりしてお前も休んでいいぞ。」

 そう言うと階段を上っていった。
 マルチは返事を返したが浩之の耳には届いていなかった。

 部屋にはいるとそのままベッドに潜り込む。
 時間はまだ22時を越えていなかった。
 いつもの浩之としては信じられないくらい早い時間に寝ることになる。
 しかし、今の浩之には安らぎが欲しかった。
 そして一番簡単な安らぎは寝ることであった。


 マルチは浩之が部屋に戻ったあと風呂場へ向かい中を確認し、片付けをはじめる。
 その後明日の朝食の準備のため材料のチェックすると火元を確認、更に家中の戸締まりを行った。

 それから浩之に言われた自分の部屋へと向かう。
 既に浩之が寝ていたらと考え階段を上る足は慎重に、そして音を立てぬよう注意しながら登っていった。

 部屋の中に入る。
 自分の部屋とはいいながらもそこはいままで使われていなかったせいもあって殺風景であった。
 しかしマルチにとってそれは別に気にすることではなかった。

 マルチはノートパソコンを取り出すと自分の手首を外し、充電の準備を始める。
 浩之はマルチへ部屋をあてがったが布団とかの事は失念していた。
 もっともマルチはロボットであるから布団で寝る必要は全くなかったが。

 だが、もしマルチがプロトタイプのマルチと同じであったら多分忘れることはなかっただろう。

 マルチもそうした境遇を何とも思っていなかった。
 ただ、マルチが一つだけ気にしていたのは浩之に気に入ってもらえたかどうかだけであった。
 今日一日働いてみただけなのでまだまだデータ不足だが、風呂場で拒否されたことはそれなりに気になっていた。

 そんなことを考えながらマルチは充電をはじめる。
 そしてマルチのまぶたが落ち、藤田家の中で動くものはいなくなった。


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あとがき
 このところ筆が進みません。
 仕事が忙しいせいもあるのですが、ノートン絡みで時間を取られたのが痛いです。(/_;)
 まだまだ先は長そうなので頑張らないといけないのですが。


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