何故か心が落ち着かない。

 その理由は一体どこにあるのだろうか?


 マルチの心 −第二十七話−


 ザブ〜〜ン。
 溢れるお湯が流れ出る音を聞きながら浩之は少しくつろぐことができた。
 普段だとシャワーを使うことが多いのだが、いまは湯船につかっている。

 相変わらず浩之の心は乱れがちだった。
 それはマルチが浩之の考えていたマルチと大幅に異なっているせいだった。
 浩之は今そのギャップに悩んでいる。

 そう、プロトタイプのマルチであればなんの気を遣うこともなかった。ある意味自然に付き合うことができた。
 マルチの妹と今日一日(実質は数時間)付き合っただけではあったが、何となく落ち着かない自分がいる。

 その理由も浩之には分かっていた。
 あまりにロボットロボットしすぎているからだ。

 プロトタイプのマルチも丁寧ではあったが、それに対して不快に思ったことはなかった。しかし今のマルチが話す言葉には丁寧ではあるが、
居心地の悪さを感じている。
 言葉は良くないが慇懃無礼と言うのがピッタリだと浩之は思った。

 もちろんマルチは浩之のことを馬鹿にしていることはない。それは理解している。にもかかわらずそう感じてしまう自分が許せなくもあり、
また情けなくもあった。
 それはやはりマルチに感情が見えないせいだろうと浩之は結論づけた。

 どうしたらいいのだろう?

 浩之がそう考えていたとき、風呂場の脱衣所に人影が見えた。
 今、家にいるのは浩之とマルチだけであるから当然そこにいるのはマルチであった。
 曇りガラスを通してマルチの緑色の髪が見える。
 手には何かを持っているらしく、それを脱衣所の脇に置いている。

「浩之さん、お湯加減はいかがでしょうか?」

 マルチがドアの向こうから声を掛ける。

「ああ、丁度良い湯加減だ。」

「替えの下着はこちらに置いておきますのでお使いください。」

 その返事を聞くとマルチはそう浩之に告げ、脱衣所からでていこうとする。
 それを見た浩之はふと思いついたことを言ってみた。

「マルチ、背中を流してくれないか?」

 浩之がこういったのは深い理由はなかった。
 ただ、こうした場合どう反応するかそれが知りたかっただけだ。
 それに対し、マルチは、

「はい、分かりました。」

 と、二つ返事をする。
 そしておもむろに服を脱ぎはじめた。
 それは曇りガラスを通して浩之にも分かった。

「お、おい、何をしているんだ?」

 浩之はその状況を見てマルチに声を掛ける。

「何って、服を脱いでいるのですが…。」

 浩之の言葉にマルチはやや戸惑ったようだ。
 それはそうだろう、マルチにしてみれば服を脱がなければ濡れてしまう。
 そして裸になることに関してマルチに羞恥心というものはない。
 これがプロトタイプのマルチであればやや反応が違ったかもしれないが、それでも服を脱ぐことに関してはあまり抵抗が
なかったのでないだろうか。

 もっともマルチも素っ裸になるつもりはなかった。
 それは入浴補助プログラムというべきものが準備されていたからであった。
 そしてそれにはユーザーが望まない限り胸部と腰部は隠すように指示されていた。

 その理由もはっきりしていた。いくらメイドロボとは言え裸身をさらすのはモラル的に問題があると制作者側が判断したからで
あった。

 しかし、そのことを浩之は知らない。
 彼は慌てて、

「いや、冗談だ、冗談。」
「洗ってもらわなくて良いから。」

 そういってマルチを止めた。
 マルチは確認のために、

「本当によろしいのですか?」

 と訊ねてきたが浩之は、

「本当によろしいんだ。」

 と、うわずった声で答えることしかできなかった。

「では、これで失礼いたします。」

 ドアの向こうでマルチが服を着直すのが見える。そして頭を下げるとそのまま脱衣所から出ていった。
 浩之はそれを見てほっとするとそのまま頭をお湯の中に沈める。

 しばらくそのままでいたが、やがてお湯の中から頭を出すと首を振って水を切る。
 そして一言、

「何をやっているんだ、俺。」

 そういうと再び湯船に沈んでいった。


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あとがき
 本当なら昨日アップする予定だったのですが、管理者日記に書いたようにノートンのインストール絡みで一日潰す羽目になってしまったため、
アップできませんでした。(^^;)

 今回の話にでてきた入浴補助ですが、メイドロボであればこういった事は確実に発生すると考えてます。
 実際に高齢化社会に足を突っ込んでいる日本においてこういう介助ができるロボットがいると非常に便利でしょうね。
 なお、恥ずかしいと思うのは一種の動機付けだと思ってますので、量産型マルチにそういった羞恥心はないと考えます。
 プロトタイプのマルチだともしかすると恥ずかしがったかも知れませんが(耳を見せて貰うイベント参照)、それもそういうプログラムをされていたからだと考えます。
 まあ、人間に近づけようとした場合、そうなるのはやむを得ないことなんでしょうね。
 ユーザーが望まない限りと書いたのは望む者もかなりいそうな気がしたからです。(爆)


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