マルチの部屋を考えないといけないな。

 いくらなんでも俺と一緒じゃまずいしな。

 でも、あのマルチだったらどうなっていただろう…?


 マルチの心 −第二十六話−


 あかりを見送ったあと浩之は居間へと戻ってきた。
 マルチは台所にいるようだが、片付けが終わったのか台所からの音は消えていた。

 腰を下ろすと今日一日のことを思い返してみた。

 マルチに起こされ、マルチの作った朝食を食べた。
 あかりと共に学校へ向かい、マルチの洋服を買いに行く約束をした。
 大学では昼に綾香の作ってきたお弁当を食べた。
 そして綾香のあの言葉、一体どういうことだろうか?
 夕方にはあかりとマルチの洋服を買いに行った。
 その帰りにマルチと出会ったが、高校時代のマルチとは態度が全然異なっていたな。
 夕食はあかりが褒めるくらい良くできていた。

 こう考えてみるとマルチのことで今日は終わってしまったような気がする。
 昨日、あかりとあんな事があったのに。

 そこへ片付けものを終わらせたマルチが顔を出し、浩之に声を掛けた。
 その声に今まで考えていたものは煙の様に消えていった。

「なんだマルチ?」
「はい、今日お洗濯をしたときなんですが、洗濯機にシーツが入っていましたので干しておきました。」
「それと今日洗濯したものはあちらに置いてあります。」

 それを聞いて浩之は思わず冷や汗をかいた。
 マルチに聞くまで浩之もあかりもそのことをすっかり忘れていた。
 二人ともマルチのことに気を取られていたせいであった。

「そうか、ありがとうな。」

 焦りを感じながら平静さを装って浩之はお礼を言う。それに対し軽くお辞儀をするとマルチは更に言葉を続けた。

「それでお風呂の支度はいかが致しましょう?」
「ああ、もうすこししたら入るから準備して置いてくれ。」

 浩之の答えを聞くと、

「かしこまりました。」

 といって、風呂の準備に行こうとする。
 浩之はそこで言い足した。

「それが終わったらちょっと話があるから俺の部屋へ来てくれ。」

 『はい』という返事と共にマルチは浩之の前から姿を消した。
 浩之もそのあとを追うようにして居間からでると自分の部屋へと向かった。

 部屋の灯りをつけると浩之はベッドへ腰掛けた。
 昼間マルチが掃除を行っていたので部屋の中は片づいている。
 部屋の片隅にはマルチのメンテナンス用ノートパソコンがちょこんと置かれているのが見える。

 それを目にすると浩之はマルチをどこで寝起きさせようか考えはじめた。

 まだ一日しか付き合っていないが浩之には今のマルチをあの時のマルチと同じだとは全然思えなかった。
 それは感情だけでなく、その行動にもそつがなかったせいであった。

 浩之の心の中にいるマルチはドジで泣き虫でおっちょこちょいだが、明るく元気で笑顔の絶えない女の子であった。
 そう、浩之にとってはマルチはメイドロボではなく、一人の女の子だった。

 しかし、今のマルチにはその面影がまったく見えず、ただのメイドロボとしてしか認識できなかった。
 浩之は心の中で自問自答していた。

 もし、あのマルチが前のマルチだったらと…。
 その場合、俺は果たしてあかりと恋人同士になれただろうか?
 今、俺はマルチの部屋のことを考えていたが、あのマルチだったらそんなことを考えていただろうか?

 その時、階段を上ってくる足音が聞こえ、浩之の思索は再び途切れた。
 ドアをノックする音が聞こえ、マルチが声を掛ける。
 浩之が中へ入ってくれと答えるとドアが開いてマルチが中に入ってくる。
 そして浩之の前に立った。

「どういうご用件でしょうか?浩之さん。」

 立ったままマルチは浩之に訊ねる。

「立ったままじゃなんだから、座ってくれ。」
「いえ、このままで結構です。どうぞご用件をおっしゃってください。」

 マルチはそのままの姿勢を変えようとはしなかった。
 浩之はやれやれと内心思いながら、

「立ったままだと俺が落ち着かないから座ってくれ。」

 そういってマルチを座らせた。

 マルチは正座をして浩之の前に座っている。
 浩之はその姿を舐めるように見た。
 そしてマルチの目を見た。
 マルチの目はあのマルチと比べると輝きがないように感じた。
 浩之が黙って見つめているのを不信に思ったのかマルチが声を掛けた。

「あの、ご用件は?」

 その言葉に浩之は、

「ああ、お前の寝泊まり、というか夜休むところなんだけど、隣の部屋が空いているからそこを使ってくれ。」

 それだけ言った。
 マルチははい、分かりましたと一言答える。

「では、早速移動します。」

 そういってノートパソコンを持つと部屋を出ていった。

「なにも言わなかったな…。」

 マルチが部屋を出ていったあとベッドに横になって浩之は一言つぶやく。
 浩之としてみれば他に何か言うかと思ったのだが、マルチはなにも言わず移っていった。

 何故か知らないがマルチを追い出したようで浩之は心が落ち着かなかった。

 しばらくして再びドアがノックされる。
 ドアを開けることなく外からマルチが声を掛けた。

「浩之さん、お風呂の支度ができましたのでどうぞ。」

 その言葉に、

「ああ、すぐに入る。」

 そう答えるとベッドから起きあがった。


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あとがき
 ホームページの引っ越しが絡んだためにちょっと更新が遅くなってしまいました。
 このところこちらはややつまり気味です。(^^;)
 もうしばらくすれば新しい展開になるとは思うのですが、なかなか先に進ませてくれません。
 自分自身も量産型マルチの心を探しているからかも知れません。


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