マルチちゃんが作るお料理ってどんなのだろう?
もし、私のより美味しかったら…。
マルチの心 −第二十四話−
浩之とあかりが居間で話し合っていた頃、マルチは黙々と料理を作っていた。
一人暮らしが長かったせいか浩之は家庭料理に飢えていた。
時にあかりが作ってくれたがそれはたまにであり、普段の食生活はお世辞にも良いとは言えなかった。
浩之自身も食生活が片寄ることに不安を覚えていたのか、自炊はあまり行わなかったが定食屋へ行くなどして栄養の
バランスを取るようには心がけてはいた。
しかしながら面倒なときはどうしてもインスタント物になるのは仕方のないことでもあった。
マルチは着替えた服の上にエプロンをした姿で包丁を動かしている。
今作っているのは浩之のリクエストの肉じゃがであった。
その手際は良くどこぞのTV番組にでている女の子に爪の垢を煎じて飲ませたいほどであった。
あと煮込むだけになったところでマルチは次のおかずに取りかかる。
浩之からのもう一つのリクエストはマルチが作れるおかずであった。
それはマルチにとって一番難しい問題でもあった。
なぜなら浩之の家に来てまだ二日目であり、浩之の好みも掴めていない状態で曖昧な命令を受けてしまったからである。
これが他のメイドロボであったなら簡単にできませんと答えていたことだろう。
しかしながらHM−12にはアイコンタクトというべき通信機能があったし、いざとなった場合は電話回線を使い来栖川のサーバー
(サテライトシステムで使われている)で情報収集することも可能であったので何とかなると判断したのであった。
余談ではあるが、来栖川のメイドロボには携帯電話及びPHSが内蔵されておりそれを使ったデータ通信も可能である。
ただしこの場合、ユーザーがそれを登録しなければいけないし、ユーザー自身が使えるわけではないのであまり普及はされてはいない。
今回はスーパーで何体かのメイドロボとコンタクトでき、それによって今回のおかずを決めることができた。
マルチは今そのおかずの準備を始めた。
「ねえ、ひろゆきちゃん。」
あかりが浩之に声をかけた。
「なんだ?」
「マルチちゃんはどんなおかずを作るのかなぁ?」
先ほどからあかりがそわそわしていた。
その理由はどうやらマルチの作るおかずにあったと浩之は気付いた。
「一つは肉じゃがだろ、もう一つは何を作るか俺にも分からん。」
「そうなんだ、もう一つのおかずってどんな物を作るのかなぁ?」
興味津々といった風情であかりが更に訊ねてくる。
「そんなこと言ったって俺には分からないよ。むしろお前の方が分かるんじゃないか?」「うーん、私だって分からないよ。マルチちゃんが
どんな料理を作れるのか知らないんだし。」
「まあ、それが知りたいからマルチに頼んだんだけどな。」
「そうなんだ。」
台所からは包丁が何かを刻む音や炒める音が聞こえる。
その音を聞きながら二人は何を作っているのか楽しみにすることにした。
やがて料理を作る音が消え、茶碗やお皿を出す音が聞こえはじめた。
そろそろ準備が整ったらしい。
マルチが居間へ顔を出し、二人に夕食の準備ができたことを告げた。
二人がリビングに行くとテーブルには二人分の食事が準備されていた。
あかりはマルチの作った料理が気になるのかすぐさまテーブルを見回した。
テーブルの上には浩之がリクエストした肉じゃがの他に卵焼きがあった。
その他のおかずとしてはサラダとお漬け物が あった。
「すぐにご飯をよそいますので席にお着きください。」
マルチはそう言って二人を促した。
席に着いた浩之はあかりの前にある茶碗を見てマルチに声をかけた。
「マルチ、その茶碗はお袋のだ。」
「来客用のはそっちの戸棚にあるやつを使ってくれ、箸も違うから一緒に交換してくれ。」
その指摘にマルチは、
「申し訳ありません。ただちに交換いたします。」
と、いうと新しい茶碗と箸を出して交換する。
それを見ていたあかりは浩之のマルチを見る目に気が付いた。
その目はただ見守るというのではなく、何か困ったような目をしていた。
何故そのような目をしているのかあかりは考えてみたがはっきりとした答えはでてこなかった。
仕切直しが終わってマルチがご飯と味噌汁をよそう。
味噌汁の具はじゃがいもとワカメであった。
マルチの作った夕食を前にしてあかりは料理人の目でそれを見た。
肉じゃがのできは悪くない、そして卵焼きも。
サラダも料理の本に載せてもおかしくないようなできだった。
まず、見た目は及第点をあげられるね、あかりはそう思った。
二人は『いただきます』と言って食事をはじめる。
浩之はいつものようにパクパク食べている。
あかりもまずは肉じゃがに手を出してみた。
じゃがいもを口にしてみる。
つゆは芯まで染み込んでいないが、つゆとじゃがいもが丁度良くマッチしていた。
つゆも濃くなく、薄くなく丁度良い。
ただ、自分が作るとするともうすこし濃いめに作るなと思った。
それは自分たちの年齢と環境が影響していた。
自宅で作る際は今マルチが作ったくらいの味にする。
しかし、浩之は普段インスタント物を多く食べているせいか濃いめの味付けを好む。
そのためにやや濃いめにしているのであった。
「マルチちゃん。浩之ちゃんはもうちょっと濃いめにしてあげた方が喜ぶよ。」
あかりは早速マルチに指摘した。
「まあ、これくらいでも悪くないけど、あかりが言うようにもうちょっと濃いめにしてくれると嬉しいかな。」
浩之も同意する。
「はい、分かりました。」
マルチもそういうと何か考えているようであった。
多分、このことを記憶しているのだろう。
あかりは次に卵焼きに手を出した。
卵焼きはふんわりとしており、ほのかな甘さが口の中に広がった。
そしてあかりはその味とできの良さに感心した。
こういった卵焼きを作るのはそう簡単にはできない。
味の方は調整がついても焼き方にはそれなりに熟練が必要だからである。
しかし、マルチが作った卵焼きは完璧といっても良いくらいであった。
あかりもこの卵焼きに関しては感心した。
そしてマルチにそのことを告げる。
それに対しマルチは『ありがとうございます』と一言お礼を言って頭を下げるだけであった。
浩之はあかりの賞賛の声を聞くと嬉しい反面、複雑なものが沸き上がってくるのを感じた。
あとがき
今回はなんとかそれなりにアップすることができました。
次回は今週中にはアップしたいと思ってますが、ちょっとやることがあるのでやや遅くなるかも知れません。
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