何を作ったら浩之さんは喜んでくれるだろう?
でも、それを判断するデータはまだ少ない。
こういうときは誰かに相談してみよう…。
マルチの心 −第二十話−
「ねぇ、ねぇ。これなんかどうかな?」
そういってあかりは一着のシャツを浩之に見せた。
それは如何にもあかり好みなシャツであった。
「あかり。」
浩之はやや声を落としてあかりを見る。
その雰囲気に気付いたのだろう。あかりはしょぼんとする。
あかりが手にしたシャツはクマの模様が全面にあしらわれていた。
「可愛いのに…。」
あかりは未練たらしくぼそりとつぶやく。
「言っておくけど、お前が着るものを選んでいるんじゃないんだからな。」
浩之はもう一度あかりに釘を差すとぶら下がっている洋服に目を移した。
それからしばらく二人はああでもないこうでもないといいながらマルチに着せるための服を選んでいった。
その頃マルチはまだスーパーにいた。
そして別のメイドロボと挨拶を交わしている最中であった。
このようにメイドロボ同士が出会った際に挨拶を交わしているのは最近ではよく見かける光景になっていた。
それを見たある人が彼女たちに何をしているのかと尋ねたところ、挨拶を交わしているのだと答えた。
確かにそれは挨拶に見えるのだが、言葉を交わすわけでなくしばらく見つめ合ってからお辞儀し合うのは何となく奇妙な光景でもあった。
だが、彼女らは人間には分からないが実際には言葉を交わしていたのである。
それはまさにアイコンタクトと言うべきものであった。
彼女たちの目はCCDカメラを使っているが、同時に赤外線通信ポートにもなっていた。
そしてそれを使うことによってデータのやりとりを可能とした。
彼女たちが挨拶する際にはそれを使ってお互いのデータの交換を行っていたのである。 なぜ、赤外線ポートを使ってやりとりするかと
言えばその方が大量にそして迅速にやりとりできるからであった。
メイドロボはメイドロボ専用の言語があり、それを直接やりとりする方が声にしてコミュニケーションを取るよりも素早く行えるのであった。
たとえるなら通訳を通して話をするよりもその言語が分かるのなら直接話す方が速いのと同じ事である。
更に言葉にした場合と比べ大量のデータを短い時間で送ることが可能なのも大きな点であった。
いま、マルチが行っていたのもそれであった。
マルチともう一台のマルチタイプが挨拶を交わしているところへもう一台のメイドロボがやってきた。
それに気付いたマルチたちはやって来たもう一台のメイドロボへ目を向ける。
そして輪になる形でお互いの目を見つめ合う。
こういった場合には片方の目で一方の目を、そしてもう一方の目で別の相手の目を見ることによってデータリンクを構築することができた。
そうやって複数のメイドロボと同時に話すことが可能であった。
セリオタイプの場合はサテライトシステムを使うことによって直接リンクすることができるのだが、マルチタイプだけ、またはマルチとセリオが
混在する場合はアイコンタクトタイプでリンクするようにしていた。
リンクを完了した3体は話し始めた。
それはやはり奇妙な光景であった。
マルチは自己紹介が終わると彼女たちにアドバイスを求めた。
それは自分がまだ起動したばかりでユーザーの好みがまだ分かっていないこと、そして夕食のおかずに自分が作れるものを作ってくれと
言われたけれど何を作ればよいか分からないことだった。
それを聞いた他のメイドロボはユーザーの年齢や性別を訊ねた。
そして今晩はどういうおかずを作るように言われたのかも同時に聞いた。
その質問に対しマルチは彼女らに答える。
彼女たちはこれまでの経験からいくつかの提案を行った。
それはマルチにとっても無難な提案であった。と、言うかむしろメイドロボだから無難な提案になったといえるかも知れない。
マルチは彼女たちにお礼を言うとその提案のうちの一つを選びその材料を探しに行った。
浩之とあかりは店から出たところだった。
最終的に彼らは仕事用としてTシャツとキュロットパンツを二着ずつ、お出かけ用にワンピースとブラウスを選んだ。
その他に靴を二足と下着類も何着か買ったが、下着に関してはあかりに全て任せてしまっていた。
いくらメイドロボ専門店といっても浩之にしてみれば女性用下着を買うのは抵抗があったようだ。
浩之はそのことを思うとあかりと一緒に行って良かったと心から思うのであった。
二人が店でのことを話ながら歩いているとメイド服を着たメイドロボを見かける。
そのメイドロボは濃い青のメイド服を身に纏い、その腕には買い物かごを下げていた。 あかりもそれに気が付いたらしく浩之に声をかける。
「ねぇ、浩之ちゃん。あれ、マルチちゃんじゃない?」
あかりの問いかけに浩之もそれがマルチで間違いなさそうに思った。
「おーい、マルチ!」
浩之は前を歩くメイドロボに声をかける。
その声にマルチは振り向いた。
そしてあかりと浩之の姿を確認すると回れ右をして浩之たちへ向かって歩いてくる。
彼らの目の前にやってくると、
「お帰りなさいませ、浩之さん、あかりさん。」
そういって頭を下げた。
「ああ、ただいま。」
浩之はそう答えたがそれと同時に何か違うと感じていた。
あとがき
昨日はサンクリがあったのでアップできませんでした。
まあ、しばらくはこんなペースでアップしていくことになるでしょう。
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