午前中の仕事は終わった。

 これから一時間ほど充電をする。

 私にとってこれは食事。

 そして夢見る時間でもある…。


 マルチの心 −第十七話−


 洗濯物を干し終わったマルチはそのあと一階の掃除を始めた。
 まずは掃除機をかける。そのあとは雑巾で拭き掃除。
 きゅっきゅっと床を磨く音だけが誰もいない浩之の家の中に響く。

 一人暮らしで普段は掃除をしていない藤田家はそれなりに汚れていた。
 浩之とて全然掃除をしないわけではないが、どうしても男なだけに大雑把になりやすかった。
 メイドロボであるマルチは時間配分を考えつつ午前中は一階の掃除、午後は二階の掃除を行おうと考えていた。

 時計の針が12時を回った頃、一階の掃除は終わった。
 掃除道具を一時的に片付けるとマルチは充電するために二階に上がっていった。
 現在、マルチは浩之の部屋で寝泊まりしている。
 ロボットに寝泊まりというのも変ではあるが人間が活動していない夜中にメイドロボが起動していても仕方がないので
人間と同じように夜は活動を停止する事が多い。
 もちろん全ての活動を停止するわけではないが、スリープモードに入ることによって消費電力を抑える設計になっている。
 HMX−12ではこの時間はなんの活動もできなかったが、量産機では一部を起動させておくことで不測の事態に対処
できるようになっていた。
 そして同時にバッテリーへの充電及びその日の出来事の整理をその時間に行うよう設計されている。

 マルチタイプの場合、連続24時間稼働が可能であるがその場合は燃料電池まで使い切ることになる。燃料電池まで
使い切ってしまったときはそのあと燃料を補充しなければいけないが、燃料そのものが電気代に比べ高めになるので
通常はそこまで使うことは稀である。 基本的にバックアップ及び急激なエネルギー消費の際の補助電池として使われている。

 そのため時間的余裕がある場合にはこまめに充電するようにプログラムされている。
 これはいつでも最大限の活動ができるようにするためで一時間ほどの充電でそれなりの回復ができる。
 いま、マルチが行おうとしているのもそれであった。

 基本的に人間が食事をするようにメイドロボもこまめな充電を行い、常にベストな状態になるようになっている。

 マルチは浩之の部屋にはいるとメンテナンス用のノートパソコンを取り出す。
 次にノートパソコンにケーブルを繋ぎ、自分の手首を外した。
 そこにケーブルを差し込むとノートパソコンの電源が自動的に入る。
 単に充電するだけであればACアダプターから直接補給することも可能であるが、ノートパソコンを使うことによってデータの
バックアップ及び整理を同時に行うことができた。
 マルチは昨日、本格的に起動したばかりなのでまだそれほどデータがあるわけではない。
 しかしながら、整理を行うことで行動の最適化を図ろうと考えていた。

 ノートパソコンの画面上にメンテナンス画面が表示され、同時に充電インジケータが充電状態を表示する。
 この状態でのマルチは目を閉じており、傍目から見ると眠っているように見える。

 外では鳥の鳴き声が聞こえ、柔らかな春の光が窓から射し込む穏やかな昼下がりの出来事であった。





 昼食後、綾香と浩之は再び同じ教室へ向かい、あかりは二人と別れて自分が講義を受ける教室へと向かっていた。
 その途中で綾香は浩之に声をかけてきた。

「ねえ、浩之。あなたがメイドロボを買ったのってやっぱりロボット工学に興味があったから?」

 その問いに浩之は、

「まあな。」

 と、気乗りしない返事を返すだけだった。

「なによ、その返事は。」
「じゃあ、他の目的もあったの? あっ、もしかして…。」

 意味深に言う綾香。

「なんだよ。」

 その言葉に何を考えたんだと警戒心を煽られた浩之だった。

「でも、残念ねぇ、いまのメイドロボにそういう機能は付いてないわよ。」
「一体、なにがだよ。」

「まあ、浩之も若いから分からないでもないけど、それはいけないことだと私は思うわよ。」
「だから、何が言いたい。」

 浩之も薄々解ってはいるが、一応確認しておこうと思って返事をする。
 ここで下手なことをいえば綾香に逆襲されるのは確実だった。

「言わないとわからない?」
「ああ、分からないな。」

 あくまでも綾香の口から言わせようと考えている浩之だった。

「浩之がメイドロボを買った理由の一つって、もしかしたら夜のお相手が目的だったんじゃないの?」
 イタズラそうな目で綾香は浩之の顔を見た。

「もし、そうだったらどうするんだ、綾香は。」
 その答えに綾香は思わず驚いた顔をする。

「えっ、まさかマジで…。」

 その返事を聞くとやはりそうだったかと思わず心の中でニヤリと笑った。

「そんなわけあるはずないだろ。」
「いくら俺だってそれくらいの事は知っているぞ。それとも、それにも関わらずそれを目的で買うような性的倒錯者だとお前は
俺のことを思っているのかよ。」

 思わぬ浩之の逆襲に綾香はうろたえることになった。
 これはこれで珍しいことではあった。

「そんなことは思ってないわよ。いやねぇ、冗談よ、冗談。」
「だったら、そんなことは冗談でも言って欲しくねぇぞ。」
「お前だって、セリオを無理矢理手に入れた目的がそうだったと言われたらいい気分しないだろ。」

「無理矢理って言うところが気になるけど、まあ、確かにそうね。」
「その点に関しては謝るわ。ごめん、浩之。」

 浩之が綾香と話していて楽しいと思うのはこういう点だった。
 お嬢様でありながらそういったところはおくびにも出さず、なおかつ自分に非があると思えばすぐに謝ることができるこういった
素直さがなんだかんだ言いながらも付き合っている元になっていた。
 長岡志保が別の大学に行ってしまった現在、言葉を飾ることなく言いたいことを言い合えるのはある意味綾香ぐらいであった。
 高校時代は志保をうざったいと思うことのあった浩之であったが、こうして本音で話せる女友達というのも悪くないと最近は
考えるようになっていた。

 ただ、志保の場合はそれに加えて騒がしいというのが玉に瑕ではあったが。


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あとがき
 お待たせしました。「マルチの心」第十七話をお送りします。
 先週末は隆山温泉まで聖地巡礼をしてきまして、その関係でアップできませんでした。
 この先は以前と同じ様なペースでアップできると思います。


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