まだ、起動して間もない私。

 マスターのことも、家のこともまだなにも分からない。

 でも、私はやるべき事をやるだけ。

 それがマスター、浩之さんのためだから。


 マルチの心 −第十四話−


 キャンパスに到着し、あかりと別れると浩之は自分の教室へ向かった。
 今日の一時限目は機械工学の講義であった。
 教室内の真ん中よりやや前よりの席に荷物を置いたとき浩之に声をかけるものがいた。
 振り返ってみると来栖川綾香が声をかけてきた。

「はぁ〜い、浩之。おはよう。」

 いつものごとく軽いノリで挨拶をする綾香。

「ねぇ〜、昨日はどうしたの?あかりが心配していたわよ。」

 その言葉を聞いて昨日のことを思い出したのか、顔を赤くする浩之だった。
 そしてそれは綾香の好奇心をくすぐる結果となった。

「あらぁ〜、なんか顔が赤いわねぇ〜。いいことでもあったのかな?」
「いい事ってなんだよ。」

 ある意味図星を突かれてぶっきらぼうに浩之は答える。

「いい事はいい事よ。」

 うふっと笑うと更に言葉を続ける。

「まあ、それは二人の間のことだから私には関係ないんだけど。ところで浩之、昨日はどうしたの?」

 まずは軽いジャブで相手を牽制しておいていきなり核心を突くこれが格闘家でもある綾香の常套手段だった。
 浩之もそれを解っていたはずなのに、あかりとのことがあったせいかまんまと乗せられてしまっていた。

「そ、それは…、ちょっと体調が悪かったんだよ。」

 如何にも今考えましたといった答えで綾香が満足するはずはなかった。

「そうかしら?その割には今日はすごく血色も良いようだけど。」
「昨日は早く寝たからな。そのせいだろ。」
「そうなの、あかりといっしょに?」
「お、おい!そんなことあるはずないだろ。」
 更に顔を赤くして浩之は答える。

「そうかしらぁ〜、二人を見ているとそうは思えないけどねぇ。」

 完全にイニシアチブは綾香に取られたままだ。
 その時、チャイムがスピーカーから流れ出した。
 その音を聞いて浩之は内心ほっとしながら綾香に言った。

「ほら、もう授業が始まるぞ。お前も席に着かないとな。」
「はいはい、分かりましたよ。じゃあ、そっちへ詰めて。」
「お、おい。俺の隣へ来るつもりか?」
「そうよ、どこに座ってもいいんだから好きなところへ座らせてもらうわ。」
「それとも私みたいな美人が隣にいると授業に集中できないのかしら?」

 いたずらっ子な顔をして浩之の隣へ座ってくる綾香。

「自分で美人というか?」

 内心やれやれと思いつつも席を詰める浩之であった。


 その頃藤田家ではマルチが朝食の後片付けを終わらせ洗濯をしようとしていた。
 洗濯機の蓋を開けるとそこには洗濯済みのシーツが入っていた。
 マルチはそれを取りだし、洗濯済みであることを確認すると折り畳んで脇に置いた。
 それから新たな洗濯物を入れ、洗濯機を回す。

 次に風呂場の掃除を始める。鼻歌もなく、ただブラシがタイルを擦る音が風呂場に響くだけであった。
 風呂場の掃除が終わるくらいになって洗濯機のアラームが鳴った。
 マルチは中身を取り出すと庭へ持っていき、一つずつ干していった。


 2時限目の授業が終わったとき、浩之は既に一日が終わったような気分になっていた。 
別に綾香になにかされたわけではなかったが、何となく居心地が悪く感じていたせいだった。

 昼休みになってこれで解放されると思った浩之に綾香は声をかけた。

「浩之、あなたこれからどうするの?」
「どうするって、メシにするけど…。」
「あかりと一緒?。」

 綾香は興味津々といった感じで聞いてくる。

「別にどうだっていいだろう。」
「浩之は良くても、私は良くないのよ。」

 その言葉に浩之は綾香に訊ねる。

「それってどういう意味だ?」

 何事もなかったかのように綾香は答える。

「あかりと一緒に食事するなら私も行かないとね。」
「どういうことだ?」

 訳が分からず更に浩之は訊ねた。

「へへ、昨日ね、あかりにお弁当を御馳走になったんだ。」
「だから、そのお礼も兼ねて今日は私が作ってきたの。」

 はにかむように綾香は言う。

「へぇ〜、お嬢様の綾香がねぇ。今日は雨が降りそうだな。」
「それってどういう意味よっ!」

 そういって綾香は浩之を睨んだ。

「私だって料理くらいするわよ。」
「いや、お前も女の子だったんだなぁと思ってさ…。」

 ビシッ!

 浩之はそれ以上話すことはできなかった。


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あとがき
 綾香再登場です。
 なんか綾香って非常に書きやすいというか、キャラが立っているというか、我が侭というか勝手に話を進めてくれます。(^^;)
 ある意味書きやすいキャラですね。


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