人間のみなさんに喜んでもらえること。
それが私の願い。
これを考えるとなぜだか解らないけどとても懐かしい感じがする。
私のマスター、浩之さん。
初めて会った気がしないのは何故だろう?
マルチの心 −第十三話−
浩之とあかりの間に会話はなかった。
それはどちらも共に昨日のことを意識しているせいだった。
更にあかりは寝不足気味であったため、余計に口が重かった。
その理由はやはり昨日のことが影響していた。
昨夜は身体的な興奮もあったが、それよりは浩之に「俺の恋人」と言われたことの方が大きかった。
浩之も浩之で今まで幼なじみとしてしか意識していなかったのが、急に恋人関係になってしまったことに混乱していた。
二人とも話したいことはあるのだが、何となくきっかけが掴めないでいた。
こうしていてもらちが明かないと思ったのだろう、浩之があかりに声をかける。
「あのな、あかり。」
その声に何となく上の空でいたあかりは現実に引き戻される。
「なに、浩之ちゃん?」
「昨日のことなんだけど…。」
その言葉に顔を赤くするとあかりは、
「き、昨日って…。」
焦ったように言葉を返す。
「そう慌てるなよ。」
あかりのその慌てぶりに浩之は苦笑をすると逆に心が落ち着いてきた。
「昨日言ったことはマジだからな。」
落ち着いたとはいえ恥ずかしさがあるせいだろう、でてきた言葉はぶっきらぼうだった。
「うん、浩之ちゃんはこう言うときは絶対嘘を言わないからね…。」
そういってあかりは涙ぐむ。
「おいおい、こんなところで涙ぐむなよ。」
あかりの態度に再び浩之は動揺する。
「だって、嬉しいんだもん。」
こうなってしまうと何を言っても逆効果にしかならないと解っている浩之は話題を変えることにした。
「ところであかり。今日は何か予定があるか?」
急な問いかけにあかりもそちらに気を取られる。
「ううん、無いけどどうして?」
「うん、付き合って欲しいところがあるんだけど。」
何となく言いにくそうに浩之は言う。
「実はマルチの洋服のことなんだが。」
メイドロボットが普及するようになって一つの問題点が上がった。
メイドロボットはほとんどが女性型で男性型は今のところ無いと言っても過言ではなかった。
そして購入層は企業やお店を除くと圧倒的に独身男性が多かった。
特に結婚年齢が男女とも上がっている上、結婚しない人々が増えている昨今、それは当然の帰結だったのかも知れない。
よく分からない人は一度一人暮らしの独身男性の普段の部屋を見れば納得できるだろう。
メイドロボットの購入時にはどのメーカーも基本的な衣服を一枚付けているだけだった。
もちろんオプションで別の衣服を注文することも可能であるが、購入時にそこまで思い至る人も少なかったし、注文して届くまでに
時間がそれなりに必要だった。更に市販品よりも値段が高いという問題もあった。。
HM−12やHM−13のように最初に着ているものがレオタード風な衣服ではさすがに外へ出すのは憚れる。一応はメイド服が
一着付いてくるが、それだと外面が悪いと考える人もいたし、更に一着だけでは着た切り雀になるわけでいつも同じ格好というのを
嫌がる人もいた。もっともメイドロボは人間のような汗をかくわけではないのでそれによる汚れというのはないがそれでも掃除とかで汚す
可能性もあるわけでメイドロボにも替え着が必要になる。
だからといって、男性が女性用の衣服及び下着を通常の店で買うのには勇気のいることであり、そう簡単に手に入れられる物でもない。
そういった人々のためにメイドロボット専用の衣料店が現れるのも必然だったろう。
ここで買うならば男性でも堂々と買いに行けたし、メイドロボット用という大義名分があるだけに精神的にも楽になった。
女装趣味の男性が買いに来ることもあるという噂もあるがこれは余談。
浩之はそこへ付き合って欲しいとあかりに頼んだ。
別に浩之自身がお店へ行くことに恥ずかしいと思ったのではなく、女性用の洋服に関してよく分からないのと下手に自分だけで行くと
趣味的なものを買ってきてしまいそうだったせいもあった。
さらにこれからはあかりとも一緒に過ごす時間が増えるだろうから、あかりの気に入った物を選んでもらった方が良いという気持ちもあった。
「うん、いいよ。マルチちゃんにはどんな服が似合うかなぁ?」
そういって楽しそうに微笑むあかりであった。
どうやら話題を逸らす試みは成功したようだ。
「それとこれからうちに来ることも増えると思うんだけど、その時でいいからマルチに料理を教えてやってくれないか?」
「うん、いいけどどうして?」
「マルチちゃんって料理も出来るんでしょ。」
「確かに出来るけどどんな物ができるかまだ詳しくは知らない、お前が教えてくれれば俺の好きなものも教えてもらえるだろう。」
「お前が料理が得意で『藤田浩之研究家』だから頼むんだよ。」
思わずニヤリと笑って浩之はあかりに言った。
からかわれているのか真面目に言われたのか判断が付かず、あかりは複雑な表情をしていた。
二人はその後どこで待ち合わせするかを話ながら歩いていった。
その途中であかりが突然、
「ああっ!」
と声を上げた。
「どうしたんだ、あかり?」
その声に驚いて浩之が訊ねる。
あかりは顔を赤くして浩之にぼそぼそと答える。
「あのね、浩之ちゃん。昨日私お洗濯したでしょ。」
それを聞いて昨日のことを再び思い出した浩之は同じように顔を赤くする。
「それで、洗濯したまま私帰っちゃったから…。」
その言葉を聞いて浩之はすぐに答えられなかった。
「ごめん。」
あかりの謝罪の言葉に浩之はいつものように、
「しょうがねぇなぁ。」
と答えた。
「いいよ、帰ったら干しておくから。」
「ううん、今日帰りによって私がするから。」
「ごめんね、浩之ちゃん。」
再び、あかりは謝った。
ま、あかりらしいといえばあかりらしいかなと心の中で思う浩之であった。
あとがき
と、言うわけで「マルチの心」第十三話をお送りします。
メイドロボ専用の衣料品店って実際にメイドロボが普及したら必ず出現すると思います。
秋葉や日本橋辺りだとマニアックな品揃えの店もでてきそうですね。(爆)
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