私は人のお役に立ちたいんです。

 だから、これまでの私が消えたとしてもそれは妹たちに受け継がれます。

 そして私のかわりに妹たちが浩之さんのお世話をしてくれることでしょう。

 私はその日を楽しみにしています。

 いつか、その日が来たら私のかわりに妹を可愛がってあげてください。


 マルチの心 −第十二話−


「…さん。」

「…ゆ…さん。」

「ひ…ゆきさん。」

 揺すぶられる感覚と共に声がはっきり聞こえてくる。

「浩之さん、起きてください。」

 …誰が俺を起こそうとしているんだ?
 …そういうことをする奴はあかりだけだが、あいつが部屋にまで来て起こしたことがあったっけ?

 そう考えているうちにだんだんと意識がはっきりしてきた。

「浩之さん、起きていただけないと学校に遅刻してしまいます。」

 遅刻という言葉を聞いて浩之は目を開けた。
 そこにいるのはあかりではなくマルチだった。
 
 …そうか、そうだよな。
 …あかりだったら困ったような顔で呼ぶだろうし。

 ふと、そんなことを思ってしまう浩之だった。

「朝食の準備も出来ておりますので、お支度をお願いします。」
「ああ、分かったよ、マルチ。」

 マルチの呼びかけによって寝ぼけ眼で考えていたことが消えていく。

「では、私は下でお待ちしております。」

 マルチは一礼すると部屋を出ていった。
 その後ろ姿を見送ると浩之はベッドからでて着替え始める。
 時間を確認するといつもより30分は早く起きていることに気付いた。
 こんなに早く起きることは一人でいたときはまず無かったし、普通だったら文句の一つもいうところなのだが、
マルチが来て初めての朝ということであまり気にならなかった。
 それよりもマルチに起こされたときに感じた違和感が浩之の思考を奪っていた。

「やっぱり、違うよな…。」

 着替え終わったとき、浩之は思わずつぶやいていた。

 クイック洗顔&歯磨きを終えてリビングに来るとマルチの言ったとおり朝食の準備はすんでいた。
 その食事を見て再び違和感を覚える浩之だった。
 それはあのマルチが作ったミートせんべいを思いだしたせいだった。
 だが、そこに並んでいた朝食は朝食として考えるならスタンダードなものばかりだった。
 目玉焼きに焼き海苔それとサラダをおかずとし、ご飯とワカメの味噌汁が既によそわれていた。
 これは昨日、あかりが作ったときの残りを利用したものらしい。

「ほう、なかなかスタンダードな朝食じゃないか。」

 浩之がそういうと、

「家にあった食材ですとこれくらいしか作れませんでした。」
「これでよろしかったでしょうか?」

 マルチは表情を変えずに答えた。

「ああ、別に好き嫌いはないし、貧乏学生だからそれなりに安くて旨い物を作ってくれればいいぞ。」
「浩之さんのお好きなものをまだ聞いていませんのですぐには無理かと思います。」
「それはおいおい教えていくよ。」
「分かりました。よろしくお願いします。」

 そういって頭を下げるマルチであった。

 浩之はまず目玉焼きを食べてみた。
 特に変わった味はせず、ごく普通の目玉焼きだった。
 まあ、卵を焼くだけだからなと思いつつご飯を口にする。
 これも普段と変わりなかった。
 次に味噌汁をすすってみたが、やや薄味気味であったがこちらも同様であった。

 そうこうしているうちに食事もすんだ。
 今までは朝食抜きか、パンを一枚食べるくらいなのでこうした食事は久しぶりだなと思った。

「うん、久しぶりにちゃんとした食事をとったな。マルチ、ありがとう。」

 それゆえ浩之がお礼を言うと、

「いえ、それが役目ですから。」

 と、答えたが浩之には何となく素っ気なく感じた。

 それに対し、浩之がどう答えようかと考えていたその時玄関のチャイムが鳴り、浩之を呼ぶあかりの声が聞こえた。
 その声に気を取られた浩之はマルチに話しかけることを忘れてしまった。

「あかりか。まだ俺が寝ていると思っているな。」

 そうつぶやく。ふと見るとマルチが既に玄関に向かっていた。
 それを見ると浩之もそのあとをついていった。

 マルチが玄関を開けるとあかりはぽかんとした顔をした。
 どうやらマルチがいることを忘れていたようだ。

「おはようございます。あかりさん。」

 そういってマルチが頭を下げるとあかりも、

「あっ、マ、マルチちゃん。おはよう。」

 と、慌てて答えた。

「あかり、おはよう。」

 浩之もマルチの後ろから挨拶をする。

「あっ、浩之ちゃん。おはよう。」

 あかりも挨拶を返したが心なしか頬が赤く、浩之をまともに見られないようだった。
 その態度に気付いているのかいないのか、

「ちょっと待ってろ、いま鞄を取ってくるから。」

 そういうと二階へ上がっていった。

 マルチと二人残されたあかりはマルチに声をかけた。

「浩之ちゃん、今朝は早いけど何時に起きたの?」
「はい、7時半に起きられました。」

 その答えを聞いてあかりはビックリする。

「朝食も既に済んでおりますのですぐに出かけられると思います。」

 朝食を食べたという話を聞いて二度ビックリするあかりであった。

「浩之ちゃん、よく起きたねぇ。」
「起こすの大変じゃなかった?」

「いえ、すぐに起きられました。」

 それを聞いて納得行かないあかりであった。

「ねえ、マルチちゃん。」
「なんでしょうか?」
「嘘、いってない?」
「言っておりませんが。」

 人間ならその表情で嘘かどうか判断することも出来るが表情のないマルチの場合、それは不可能だった。
そもそもメイドロボが嘘をつくことは無いことにあかりは気付いていない。

「おい、何を言っているんだよ。」

 マルチと問答していたところに浩之が現れ、あかりにチョップをいきなりお見舞いした。

「あっ、浩之ちゃん、ひどい。」

 チョップされたあかりは思わず涙目で浩之に抗議する。

「ひどいのはどっちだ。俺だってたまには早く起きるぞ。」
「だってぇ。」

 恨めしげに見るあかりを無視すると浩之はマルチに声をかけた。

「じゃあ、俺は行くけどあとのこと、よろしくな。」

「かしこまりました。」

 そういって一礼するマルチ。
 頭を上げるとそのまま浩之に声をかける。

「浩之さん、今日の夕食のおかずはなんにしましょう?」
「何でもいいぞ、任せる。」

 その答えにやや困り気味(表面上は変わらないが)になってマルチは更に言葉を続ける。
「そういわれましても、いまは具体的な指示をお願いしたいのですが。」

 その言葉を聞くとやや思案顔になったが、それもそうかと納得したのか、

「じゃあ、肉じゃがを作ってくれ。」

 と、浩之は言った。

「かしこまりました。その他は如何致しましょう。」

「それ以外はお前の作れる物を作ってくれればいいぞ。」
「俺もマルチが何を作れるのか知りたいしな。」

「はい、それでは肉じゃがとあとは私が作れる物を作ります。」
「材料の方は如何致しましょう?」

「スーパーの場所は昨日教えたとおりだ、あとは渡した金の範囲で調整してみてくれ。」
「かしこまりました。」

 マルチの問いに答えると浩之は

「それじゃ行くぞ、あかり。」

 そういって歩き出した。

「あっ、浩之ちゃん待って。」

 あかりも浩之の後を追う。

「いってらっしゃいませ。」

 マルチの見送りの挨拶に浩之はそのまま片手をあげて返すのみだった。


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あとがき
 DC版こみパのためにちょっと更新が遅れてしまいました。(^^;)
 これからマルチとあかり・浩之との交流を中心に書いていけたらと思ってます。
 今のところもうしばらくは続けることになると思いますのでお付き合いをお願いします。


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