「・・なんなりとご命令ください」
「・・なんなりとご命令ください」
「・・なんなりとご命令ください」
「・・なんなりとご命令ください」
やっとマルチと向き合おうと思ったのに、一体マルチはどうしたんだ?
こんなマルチは見たくない!
次の瞬間、俺はマルチのスイッチを切っていた。
マルチの心 −第十一話−
「浩之ちゃん。」
あかりが顔をやや青ざめながら声をかけた。
「マルチちゃん、壊れちゃったの?」
その問いかけに浩之はふと考えてみた。
そして今までと変わりないことに気が付いた。
「そういえば、今までずっとこんな感じだったな。」
そうあかりに答える。
「もしかしたら初めから壊れていたんじゃない?」
あかりが今は起動していないマルチを見ながら言った。
「いくらなんでもそんなことはないだろう。」
「出荷前に確認するはずだぞ。」
「でも、マルチちゃんおかしいよ。」
そういわれれば確かにその通りだ。
マルチの方を見ていた浩之はふとその隣りにあるダンボール箱に気が付いた。
それはマルチがやって来たときに一緒に来た付属品が梱包されたダンボール箱だった。
浩之はそのダンボール箱の前に行くと蓋を開けてみる。中にはマニュアルとノートパソコン、メンテナンスキットが包まれていた。
そしてその一番上には『起動させる前に』と朱書きされた紙が乗っていた。
そこには、
『HM−12マルチをお買いあげいただきありがとうございました。』
『起動させる前に以下の操作を行ってください。』
と、起動時の注意書きがあった。
それによればまず初期設定を行い、それからマルチを起動させることが書いてあった。
あかりと共にそれを読んだ浩之は頭から血が引いていた。
「ねえ、浩之ちゃん。ちゃんと初期設定した?」
「いや、これは今初めて開けたから知らなかった。」
その答えに思わずジト目で浩之を見るあかりであった。
「もしかしたら、さっきのって…。」
「言わないでくれ、あかり。」
浩之は思わず頭を抱えた。
そう、これまでマルチがおかしかったのも浩之が初期設定を行わずにマルチを起動させたのが原因で動作不良を起こしたからであった。
「それじゃあ、ちゃんと初期設定をしないとダメだね。」
そういってあかりはマニュアルを浩之に渡した。
浩之はばつが悪そうにそれを受け取ると内容を読み始める。
そしてダンボール箱からノートパソコンを取りだし、マルチの手首を外してコードを取り付ける。
マニュアルによれば初期設定には二種類有り、完全にノートパソコンだけで設定する方法とマルチを起動させてノートパソコンと口頭での
やりとりを併用して設定する方法があった。
浩之は併用する形式を選び、マルチの電源を再び入れた。
ぶうぅぅん、という起動音のあとにマルチの目がゆっくりと開いた。
「来栖川エレクトロニクス社製HM−12マルチをお買いあげいただきありがとうございました。」
それがマルチの第一声だった。
「これより初期設定を始めます。」
「最初にユーザー登録です。」
「ユーザーのお名前を教えてください。同時にコンピュータに漢字氏名を入力してください。」
「所有者は藤田浩之。漢字は今入力するからちょっと待て。」
そういってキーボードを叩き始めた。
「藤田浩之様ですね。登録完了。」
「呼び方は浩之様でよろしいでしょうか?」
「いや、様付けはやめてくれ。」
「では、どの様にお呼びいたしましょう?」
「さん付けにして欲しい。」
「了解しました。浩之さんとお呼びさせていただきます。」
「次に私の名前ですが如何されますか?」
「マルチのままでいい。」
その後しばらく事務的なやりとりが続き、時折キーボードを叩く音が部屋の中に響いた。
あかりはそれをただ見守っていた。
「これで初期設定は全て完了いたしました。」
「どうぞ、よろしくお願いいたします。」
そういってマルチは頭を下げた。
「ああ、これからよろしくな、マルチ。」
そういいつつもマルチを見る浩之の顔は複雑な表情をしていた。
その表情に気付いてないかのようにマルチは言葉を続けた。
「ところで浩之さんの後ろにいる方はどなたでしょうか?」
その問いに浩之は、
「こいつは神岸あかりといって俺の幼なじみで…、こ、恋人だ。」
と、言った。
「えっ!」
あかりはそれを聞いて思わず声を上げてしまう。
そして次の瞬間に顔を真っ赤にしていた。
しかし、その言葉に涙がでるほど嬉しく感じたのも事実だった。
見ると浩之も顔を赤くしていた。
「分かりました。よろしくお願いします、神岸あかり様。」
マルチは二人の動揺をよそにあかりの方に向くと一礼した。
マルチの挨拶にあかりは、
「私も浩之ちゃんと同じにしてくれた方が嬉しいな。」
と答えた。
「はい、分かりました。あかりさん。」
マルチはそういうと再びお辞儀をした。
「こちらこそよろしくね、マルチちゃん。」
あかりもにっこり微笑んでマルチに頭を下げる。
挨拶が終わったところであかりが部屋の隅にある時計を見て浩之に声をかけた。
「ねえ、浩之ちゃん。そろそろ私帰るね。」
その言葉に時計を見てみると既に22時を少し回ったところだった。
「おっ、もうこんな時間か、じゃあ、送っていくから。」
浩之はそういうと腰を上げたが、あかりは近所だからいいよと断った。
それよりこれから先のことをマルチちゃんと相談した方がいいんじゃないと言ってあかりは立ち上がった。
浩之はマルチと共にあかりを玄関先まで送っていった。門のところであかりが手を振ってから帰っていくのを見送ると、玄関へとって返し
居間へマルチを連れていった。
そして家の中を案内し普段の仕事等をマルチに話した。
マルチはその言葉を一つ一つ刻み込むように聞いていた。
全ての話が終わったときには既に午前1時を回っていた。
あとがき
今回は浩之があまりにお馬鹿になってしまいました。(^^;)
でも、よくよく考えてみると原作でのマルチを起動させるシーンってそういった初期設定の描写が全くないんですよね。
まあ、ラストシーンになりますからそういう描写はあえて必要なかったというのは解ります。
ただ、このSSの場合はそこが出発点になりますのでそこを無視するわけには行きませんでした。
と、言うわけで私なりに考えた結果がこれになります。
みなさんはどうお考えでしょうか?
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