マルチちゃんはいつも一生懸命に頑張っていた。

 泣いたり、笑ったり、それこそ人間と変わらずに…。

 でも、街で見かけるマルチちゃんたちはあのマルチちゃんとは違う…。

 あのマルチちゃんはどこへ行ったのだろう…?


 マルチの心 −第十話−


「マルチには、いや、マルチの妹にはあのマルチの心はなかった…。」

 感情を無理矢理押さえつけた声で浩之は答えた。

「起動して、声をかけ、そして電源を切る。ここ数日ずっとこればかりしていた。」

 浩之の目が潤んでいるのをあかりは見逃さなかった。

「ねぇ、浩之ちゃん。どうしてそう思うの?」

「どうしてって…、あいつは笑わないんだ。」
「甘えても来ない…。」

 それを聞いたあかりは真剣な眼差しで浩之に問うた。
「浩之ちゃんはマルチちゃんの妹に何を求めていたの?」
「マルチちゃんの妹はマルチちゃんとは違うんだよ。」
「それなのに浩之ちゃんはマルチちゃんを求めているの?」

「あかり。」
 浩之は思わずあかりの顔を凝視する。

 あかりは浩之の目をしっかと見ると更に言葉を続けた。

「浩之ちゃんはマルチちゃんの妹にもマルチちゃんの心が入っていると言ったんでしょ。それならばマルチちゃんの妹にマルチちゃんの
心を探してあげるのが浩之ちゃんの役目じゃないの?」
「それなのに、浩之ちゃんは表面的な部分でマルチちゃんの心がないといっている。」

「それってマルチちゃんの妹だけじゃなく、マルチちゃんにも失礼じゃないの…?」
「それじゃあ、あまりにもマルチちゃんが可哀想じゃないのっ!」
 最後の方は涙声であった。

「あかり。すまない。」
「お前の言うとおりだよな。」
 そういって浩之はあかりに頭を下げる。

「TVや街であいつらを見ていてそれはとうに分かっていることだったのに。」
「でも、俺はそれを信じたくなくは無かった。だから、実際にその場になってみて俺はどうすればよいのかわからなくなっていたんだ。」
 そして自嘲気味に
「結局は逃げていたんだな。」
 と、言った。

「お前のおかげで目が覚めたよ。」
「これからはお前の言うようにマルチの心を見つけてやらないとな。」

 いつもの笑顔になって浩之はあかりに答える。

「うん、それでこそいつもの浩之ちゃんだよ。」
 あかりも笑顔で浩之に返す。

「よし、それじゃあ、早速仕切直しだ。」
 そういうとさりげなくあかりの手を取って自分の部屋へと向かった。

「へぇ〜、マルチちゃんって最初はこんなレオタードみたいなのを着ているんだ。」
 そういって感心している。
 浩之は衣装のことを第一に考えるなんてやっぱり女の子だなぁと思った。

 浩之は両手で自分の頬を叩いて気合いを入れるとマルチのスイッチを入れた。
 ぶうぅぅん、という機械音が部屋に響く。
 そしてマルチの目が開いた。

「こんばんは。」

 マルチが挨拶すると浩之はそれに会わせて挨拶を返した。
「こんばんは、マルチ。」

「・・……」
「・・……」
「・・……」

 しかしながらマルチは無言のままだった。

「どうしたんだ、マルチ?」
 浩之が問いかけると、

「・・なんなりとご命令ください」
「・・なんなりとご命令ください」
「・・なんなりとご命令ください」
「・・なんなりとご命令ください」

 ただ、これだけを繰り返すだけだった。

「おい、マルチ。一体どうしたんだ?」
 浩之が更に声をかけてもマルチはオウムのように続けるだけだった。

「浩之ちゃん、一体これって…。」

 浩之の後ろからあかりが心配そうに覗き込みながら問いかける。

「・・なんなりとご命令ください」
「・・なんなりとご命令ください」
「・・なんなりとご命令ください」
「・・なんなりとご命令ください」

 浩之とあかりは為すすべもなくマルチを見ているだけであった。


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あとがき
 このところちょっとつまり気味です。(^^;)
 次はまだ大丈夫ですが、その次はちょっと遅れるかも知れません。


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