姫川琴音の誤算


 「藤田さん、お話があるのですが…。」
 小さな声で姫川琴音が帰ろうとして下駄箱で靴を履き替えている藤田浩之に声をかけてきた。
 「なんだい?琴音ちゃんの頼みならいつでも聞いちゃうぜ。」
 そういって浩之はさわやかに笑う。
 しかし、琴音はその笑顔に答えることなく、
 「ここではなんですから、何処かゆっくりとお話のできる場所がよいのですが…。」
と、深刻そうな顔で答えるだけであった。 
何かここでは話しにくいように感じた浩之は、
「OK。じゃあ、茶店にでも行くか。」
 といって琴音と共に学校をあとにした。

 二人は並んで歩きつつもほとんど言葉を交わすことがなかった。
 浩之が何度か声をかけてみたのだが、そのたびに「ええ。」とか「はい。」と返すだけで心ここにあらずといった雰囲気で、
 そのため自然と言葉を交わすことがなくなり、浩之は横目で琴音を眺めつつ一体どうしたのだろうかと考えるしかなかった。
 そして琴音も琴音でこのあと浩之にどう話を切り出そうかと考えており、そのために生返事になってしまっていた。


 「レモンティーとコーヒー」
 二人はその後商店街にある喫茶店で注文をしたところだった。
 店内にはクラシックが流れ、店の雰囲気も明るく、琴音のお気に入りの店だったのでここに決めたのだが、その時点においても
琴音の雰囲気は変わらなかった。
 「一体どうしたの?琴音ちゃん。」
 先ほどから琴音の様子がおかしいので浩之が堪らず声をかける。
 「は、はい、実は…。」
 琴音はそれでも言いにくそうにもじもじしている。
 「お待たせしました。」
 ウェイトレスが注文の品をテーブルに置く。
 琴音にとってそれは助け船のように感じた。なぜなら琴音にとってまだ決心がついていなかったからだった。

 コーヒーを一口含んでから浩之は再び琴音に問いかける。
 琴音はレモンティーに手をつけることなくじっと見つめているだけだった。

 いつまでもこうしているわけにはいかない。はっきりしなければ藤田さんに迷惑がかかる。
 でも、そのことをいえばもっと藤田さんに迷惑がかかるのではないか?そういった葛藤が琴音の中で渦巻いている。

 「ねぇ、琴音ちゃん。」
 「は、はい。」
 「そんなに言いにくいことなのかい?」
 「え、ええ。」
 「でも、俺に相談したいんだろ。」
 「そ、相談というか、藤田さんにも関係のあることですから…。」
 絞り出すような感じで琴音は答える。

 「俺にも関係があることなの?じゃあ、余計話してもらわないと分からないな。」
 「なにしろ俺は琴音ちゃんのような超能力者じゃないんだから。」
 そういって軽くウインクをする。
 浩之にしてみれば軽いジョークのつもりだったのだろうが、『超能力者』という言葉に思わずびくっとする琴音。

 その様子を見て、
 「どうしたの?超能力が関係しているの?」
 浩之にしてみれば再び超能力が暴走しはじめたのかと思ってしまったようだ。
 そもそもこの二人が恋人同士になったのも琴音の持つ超能力が縁であった。
 そして恋人同士になってからは超能力が暴走することもなく、琴音も明るくなりクラスの仲間にも徐々に受け入れられて来ていた。

 「いえ、超能力は直接には関係してません。」
 「でも、関係していたことは間違いありませんけど…。」

 「どういうこと?」
 理解できずに浩之は訊ねる。
 ここに来て琴音もこれ以上は別の方向へ話が進んでしまうかもと思ったのだろう。
 意を決して浩之に話し出す。

 「藤田さん、実は…。」
 「実はアレが来ないんです。」

 「アレ?アレってなに?」

 「アレって、アレです。」
 顔を真っ赤にして琴音は答える。
 浩之はその様子を見てふと気付く、ドラマなんかでよく見かけるシーンだと。
 「ま、まさか、アレって…。」

 「そうです。どうやら私、子供ができちゃったようなんです。」
  

「ええっ〜〜〜。」

 思わず上げた大声に周りの人間が何事かと振り返る。
 その視線に気付いたのか思わず声を落として浩之は琴音に訊ねる。
 「それって、本当?」
 「で、でも、あの時、琴音ちゃんは安全日だって…」
 顔をますます赤くしつつそれでも琴音は答えた。
 「はい、そうだったんです。それに…。」
 「それに?」
 「藤田さんもご存じのように私は半数染色体ですから子供はできない体質だったんです。」
 「どういうこと?」

 琴音の話を総合するとこういうことになる。
 琴音自身は母親からの染色体しか受け継いでいない。そのため卵子の減数分裂は行われず、というか不可能なため排卵することは
ないはずだった。
 だからこそ、浩之と愛し合ったとき避妊はしなかったのである。
 にもかかわらず、妊娠してしまったことに琴音は驚きとうれしさと恐怖の入り交じった感情をどうすれば良いか判らなくなっていたのであった。
 それは藤田浩之にとっても同様であった。
 彼はその話を聞いていて既に呆然自失の状態となっていた。



 ところ変わってここは琴音が子供の頃に検査を受けた研究所。
 琴音の妊娠が分かったのもここでの定期検診でのことだった。
 それは研究所の人間にとっても驚きであった。
 半数染色体の人間が生まれてきたこと自体信じられない事なのに、更に今回は妊娠したということでパニック状態になっていた。
 彼らはどうしてこのようになったのか様々な角度から検討を加えた。
 その結果、今回のことは卵子の減数分裂時の異常が原因であろうという結論に落ち着くことになった。

 通常、人間の染色体は23対、46本でそのうち22対、44本が常染色体と呼ばれる。残りの2本が性染色体と呼ばれ、XXなら女、
XYなら男になる。
 卵子が成熟する際減数分裂によって22本の常染色体と1本の性染色体の合計23本になる。そこに精子の染色体と一緒になることで
46本の染色体になるのである。
 しかしながら、この減数分裂の際に時に染色体数が崩れることがある。有名なところでいえばダウン症候群の場合、22番染色体が
一本多くなるためにこの病気が発生する。そして稀にではあるが減数分裂せずに丸々46本の染色体が卵子に残ることがある。
 これと同じ事が琴音に起こったのであろう。しかしながら琴音は元々半数染色体だったが為に通常の卵子と同じ状態になってしまった
のであった。
 これが今回の妊娠の原因である。

 このあと二人は琴音の両親にこのことを報告した。
 そしてそれを聞いた両親(主に父親)は激高し、修羅場になったのはある意味当然であったろう。
 しかし、それは序曲であり、その後の事を思えば大したことではなかったとあとで浩之は思うことになる。
 なにしろ、浩之を好いていた女の子は多かったのだから。
 その後しばらく浩之に安寧は訪れなかった。

 この二人に幸多かれ。(笑)

 


あとがき
 初めて書いたSSでしたが如何だったでしょうか?
 本当は別の話を考えていたのですが、この話がふっと浮かんできたため一気に書き上げてしまいました。
 元々作文は得意な方じゃないので読みにくいかも知れませんがその辺はご勘弁願います。

 この話はPC版To Heartを元にしています。
 そもそもこの半数染色体という設定事態が噴飯物なんですが、それゆえそれを逆手にとってみました。(^^;)
 最後に書いた染色体異常に関するところは本当です。ただし、そういった場合通常はまともに生まれてきませんし、もし生まれてきても
すぐに亡くなってしまいます。
 噂によるとHシーンでああするためと超能力者ということで半数染色体にしたと聞いたことがありますが、あまりにもリアリティを損なう
設定ですね。
 まあ、琴音シナリオはあの方が書いてますから仕方がないことなのかも知れませんが、この設定はTo Heart世界の中でもかなり浮く
存在だと私は思っています。
 最初のプロットでは処女懐胎云々まで考えていたのですが、琴音自体がそれだったんですよね。
 そのためこの話はカットしました。


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